道を歩いているときにゼオは正宗に遭遇し、自身の陳腐な運命を呪った。
「おー、ゼオー!」
「正宗…」
 ゼオは思わず身を堅くするが、当然、そのようなことは正宗には悟らせない。元より直情的で鈍感なこの少年は他人の機微に極端に疎かったので、ゼオの思索など最初から意味もなかったのだが。
 正宗は旧知の親友にするかのように短い腕をぶんぶんと振り、待ちきれないとでも言うように、交通の多い二車線道路をそのまま横断してゼオのもとへやって来た。そして隣に並んで歩き出す。
「どうしたんだよ、こんなところで。そういえばこのあいだはぜんぜん話せなかったよなあ。どうだ、最近の調子は?」
 返事をほとんど待たない言葉の羅列は相変わらずである。ゼオは文章の最後のあからさまな質問に答えたつもりではもちろんなく、ただ沈黙ののちにこれだけ言葉を発した。
「…………なんだよ、いきなり。」
「いやあ、まどかに友達の情報の更新くらいしろって言われちまってさ。あっ、まどかってうちのチームのメカニックなんだけどな。」
 すると正宗はまたも勝手に語り出す。聞き慣れない女性名にゼオは単純に不愉快になって、反射的に会話を繋いでしまった。
「……メカニックがいるのか、おまえのところは。」
 話しながら、ゼオの脳裏に正宗と共にいた数人の日本人のうちの、ただ一人の女性の姿が何となく浮かんだ。
「おう。サブもいるぜ。スターブレイカーにはいないのか?」
「メンバーはおれとあとふたり。サポートはHDアカデミー全体がそれみたいなもんだし、仮にメンバーが欠けてもおれたちは負けやしない。」
「おっ、すげー自信じゃねえか。強いのか、スターブレイカーって。」
「……まあ、な。」
「ふーん。そっか。でも、あのへたっぴだったゼオがここまで強くなれたんだ、そうとうすげーところなんだな、その何たらアカデミーっていうのは。」
 そう言う正宗には何ら悪意はないのだろう。しばらくは彼から物理的にも精神的にも離れていたゼオにはそれが簡単に分かる。なぜならそれが、正宗という、ゼオが今誰よりも憎んで苦しいその人だからだ。
「…HDアカデミーだ。」
「そうそう、それ。決勝戦が楽しみだぜ! おまえらなんか、オレたちガンガンギャラクシーが倒してやるからな!」
「オレたち、か。」
「え?」
 たった四文字がゼオを死に至らしめる凶器だった。ゼオはあえて気障に笑って正宗に言った。
「いや、ずいぶん日本の仲間たちと仲良くやってるみたいじゃないか。やっぱりおまえは日本人だもんな。」
「そんなことないぜ! ケンカが絶えねーもん。負けず嫌いに暗いのにお子ちゃまに、まとまるのが大変なチームだぜ。」
「そうなのか。」
 正宗は顔いっぱい身体いっぱい使って正直にものを伝えてくる。そういうところは変わらない。
「おう! 鋼銀河となんか、会ったばかりの頃はモメてばかりだったよ。」
「結局そいつには勝てたのか。」
 ゼオの声はいつしか、それとも最初からか、平坦なものになっていた。
「もちろん。しっかり倒してやったぜ! だけどそれから、今度はあいつが突っかかってくるようになって。」
「…………。」
「うざったいのなんの。すーぐオレのやろうとすることに口出ししてくるしよお。トビーとは大違いだぜ。」
「…………。」
「ま、でも。」
 抑揚たっぷりにはきはきと話す正宗に、平坦な相づちさえも打たなくなったゼオ、両者の歩く速度の差が進んだ距離の差となって現れる。ゼオは正宗の背中に無言をぶつけ、その間にも何も知らない正宗は話し続ける。
「すげーヤツだって、思ってはいるんだけどな。あいつのするバトル、あいつと戦う相手を見てると、凄さを実感させられる。銀河はすげーヤツだよ。」
 鋼銀河とは、正宗が友を捨て場を捨て仲間を捨てるに至った直接の原因である。鋼銀河があのときあんな試合をしなければ、それを正宗が知らなければ、正宗は今ゼオの少し前を歩いてはいなかった。
 そのとき正宗が振り返った。
「あっ。これ、本人にはぜったい内緒だぞ!」
 ゼオは少しの間、会話の進行において全く弊害とならない間を置いて頷く。
「ああ。」
「約束するか?」
 正宗はゼオの目を見て、尚も押して尋ねてくる。その目はまるで試合に臨んだときのように真剣だ。正宗はいつでも真剣だ。
「ああ、するよ。“ぜったいのぜったいのぜったいのぜーったいに”約束する。」
 いつぞやも繰り返したやりとりをここで久しぶりにぶり返してやると、正宗は一瞬だけきょとんとして、しかしすぐにあの懐かしい日々を思い出したのか、笑った。
「……ははっ。そうだな。」


「じゃーな! またな!」
 中々には長く歩いていたとゼオは思う。少なくとも彼にはそう感じられた。
 ゼオと正宗の目的地は全く異なるため、あるとき分かれるときがやってきた。
 正宗が立ち止まっているのに、ゼオは親友の姿を演じるために付き合う。
「ゼオ! オレさ、うれしいんだよ。おまえと戦うことができて。それも世界大会決勝だぜ! こんなに最高の舞台があるもんか! 待ってろよ、強くなったおまえを倒して、オレこそがナンバーワンだってことを証明してやるから!」
 正宗が発した言葉をゼオは適当に流して聞いた。適当なところで頷き、相づちを打ち、それで会話を成立させた。すべてが問題なくゼオの心の表面を滑っていった。
 そして本当の分かれ際。正宗はそうも名残惜しかったのか、今一度振り返り、このときまだ彼の意識の射程範囲内にいたゼオに言った。
「で、さ。大会が終わったら、また3人で遊ぼうな。」
 ゼオはこれには、演技でも頷かなかった。