いつもの仲良し三人組を見る。
 ジムのみんなは、正宗とトビーとゼオの三人を、まるできょうだいのようだ、と言った。
 けれども、何も彼らの仲の良さが本当のきょうだいのようであるというのではない。わたしには何人かの弟がいるけれど、弟たちの相互関係はけして正宗たちのものとは似ていない。
 ただみんなは、あの三人の仲の良さの程度の大きいのを表すのに、友達、親友、という単語では物足りないと感じて「きょうだい」と表しているだけなのだろう。
 確かに、ひんぱんに言い争いのようなことをしているという点では、きょうだいのようであるという形容もあてはまっているようではあった。わたしの弟たちもよくおかずの取り合いなどをしている。それがあの三人の場合は、たとえばあたらしいランチャーの取り合いだったり、自分のお気に入りの練習場所の取り合いであったり、ということだ。
 争うのは主に正宗とゼオである。トビーには大人な面もあったからトビー自身はあまり争いには参加せず、主にとりなすほうであった。これをきょうだいにあてはめるのなら、一番上からトビー、ゼオ、正宗、といったところだろうか。正宗よりもゼオのほうが背が高い(これもまた二人がけんかする原因になっていたりもする)ので、正宗が末っ子だ。
 三人が特別仲が良いと言われるのは、いつも三人いっしょでいるからだけではなく、冗談を言い合ったり、お菓子を分け合ったり、けんかしたり、仲直りしたり、およそ人が人と関わる上で経験するありとあらゆることを経ても、それでも三人が三人でいっしょにいるからである。

 わたしはそんな三人のことを、良いな、すてきだな、と思っている。
 いつも一緒で、仲良しで、笑い合っていて、好きなものがいっしょで、それで競争してお互いに高めあっている。
 三人はわたしの憧れだ。
 そしてそんな三人は「同じジムの仲間」であるわたしにも親切にしてくれる。だからわたしは毎日が楽しい。

 ああどうか、あの三人の黄金のトライアングルが、ずっとずっとずっと輝いていられますように。
 そしてもしよかったら、ほんのちょっとだけ、その輝きをわたしにも分けてもらえますように。