美しかった三角形が線になるのは突然だった。
 今でも信じられない。トビーが病気になっただなんて。
「…………。」
 朝、コーチから説明を聞いたわたしは、言葉が出なかった。
 正宗とゼオはいかにもいつもと同じように見える。どうしてだろう。大切な仲間が病気になってしまったというのに、どうしてあんなに平静でいられるのだろう。
 わたしの見ていないところで何かが起こっただけなのだろうか。また仲良し三人組なのだろうか。
 わたしは三角形の消えた頂点のことをぼんやりと思った。考えるまでもいかない、あいまいな思念をただかき混ぜた。
 まっくろい闇を覗かせる穴がそこにはあるだけだ。失った誰かを求めながら存在している。それはまさに絶妙な位置にあって、そこに光をちょっと注ぐだけで輝く三角形が誕生するのだった。
 ひとつ点がなければ図形はもう形を保てないから、失われた点はほんとうに大切なかけがえのないものだったから、残されたふたつの点は悲しみに打ちひしがれるだろうとわたしは予測していた。
 けれども現実は違った。その日わたしが見た正宗とゼオは、三分の一を失ったことなど信じられないくらいに明るく、むしろ昨日までよりも強くわたしの目に映ったのだった。
 かけようと思って用意したどんな言葉も必要なくなってしまった。
「よっ、フェリス! 今日もがんばろうぜ!」
「う、うん。」
 わたしはもちろん正宗にトビーの話をしようとしたのだけれど、しづらい。言葉を出したりしまったりしていたら、ゼオが気を利かせてわたしに言ってくれた。まるでトビーみたいだ。
「トビーのこと、コーチに聞いたよな。」
「うん……病気だって。原因不明の。」
「心配すんなって。あのトビーだぞ、病気なんかに負けるわけない。
 元気なもんだったよ。」
 わたしはそれをうそだと思った。
 確証はない。ただ何となく分かる。つまりこれが、わたしとチームダンジョンとの距離なのだった。
 そのときわたしは、まっくらな中にひとりでぽつんと立たされている気持ちになった。

 トビーがいないダンジョンジムは、ひとつ大きな明かりが消えたみたいだった。まさに言葉のとおりなのだろう。
 正宗やゼオがいつもどおりにふるまってくれて、それでジムは楽しかったけれど、やっぱりどこか物足りない感じは変わらない。
 それでもみんなの時間は進んでいった。トビーというひとを残して。
 数日後のあるときだった。この日はみんなで、日本で行われたバトルブレーダーズという大きな大会の決勝戦の映像を見ていた。
 日本はベイブレードの発祥地だけあって、わたしはあまり詳しくはないけれど、強いブレーダーがたくさんいる。その日本で行われた大会のそれも決勝戦だというのだから、きっとそうとう凄いバトルになるのだろう。わたしは純粋にどきどきしながら画面を見つめていた。
 決勝戦で戦ったブレーダーは、鋼銀河選手と竜牙選手だ。
 3カウントの後バトルが開始して、そしてファーストアタックがなされたときから、わたしの意識はテレビ画面とわたしの目を通して日本で行われたひとつのバトルと繋がった。
 わたしはただ夢中になった。画面の向こうで展開されるバトルに、自分がいったい誰であるかということも忘れて見入った。
「すげえ……すげえすげえ! こいつめちゃくちゃ強いぜ!」
 興奮気味の正宗の声で、わたしとバトルとの接続は切られた。気付くとバトルはもう終了していて、結果として勝ったのは鋼銀河選手だった。
 わたしはもちろん、正宗も、この場でテレビを見ていた誰も彼もがこのバトルに夢中になっていたみたいだった。それだけすばらしいバトルだった。
 わたしもこの感動を誰かに伝えたくて、近くに立っていたゼオを見上げた。
「ゼオ…」
 ゼオはわたしを見ていなかった。テレビを見ているわけでもなかった。
 ゼオは正宗を見ていた。小さな声で呟いた。
「…正宗……?」
 正宗を見るゼオをわたしは見る。一方通行にしかならない目線の最後尾にいたわたしには、すべてを見ることができた。