| 「ゼオ、ベイバトルをしよう!」 3、2、1のカウントですべてが始まる。シュートしたその瞬間からわたしはわたしの世界でオセロットと一人になって、対峙するブレーダーにわたしのすべてをぶつけるのである。 けれども相手は同じであるかどうかは分からなかった。わたしにはゼオの気持ちが分からない。ゼオのことが分からない。 それが少し悲しかった。だけどそれでいい。誰にも世界のすべては分からない。 そしてわたしが負けた。 「あーあ。負けちゃった。」 つまんない顔してぼやきながら、わたしはわたしのもとへ帰って来たオセロットを右手で受け止めた。この動作も昔はよく失敗していたけれど、今ではずいぶんとうまくなったものである、とわたしは勝手に思っている。 「へへっ。このところ連勝だな。」 このところずっとおもしろくない。いやベイバトルはおもしろいけれど。ずっとずーっとゼオに負けどおしで、いいかげん気持ちもまいってしまうのだ。 わたしは指折り数えておもしろくないことをあげつらねた。 「バトルじゃだめ。缶の勝負もだめ。数だけならわたしだって負けてないんだけど。」 「確実におれのほうがテクニックは上だけどな。」 ゼオはさらりと言ってのける。実際そうだからなおさら悔しい。そしておもしろくない。 「うるさいうるさあい! ひとつのところに三つも重ねるなんて無理だよ。」 「四つでもやってみせるけど。」 「むう…。」 ゼオはやっぱりさらりと何でもないことのように言って、わたしはまだゼオが四つもの缶を同じ棒の上に飛ばすのを見たことはないけれど、きっとゼオはやってのけてしまうのだろうと思った。ゼオはそういうひとだ。 「ね、ゼオ。」 「なんだ?」 わたしはゼオのもとに寄って声をかけた。そしてわたしよりずっと強くなったゼオを見上げて尋ねる。 「わたし、強くなれてるかな。」 「なってるだろ。正宗だってそう言ってたんだろ?」 「正宗のことはいいの。ゼオは? ゼオから見てわたしはどう?」 わたしは真剣に聞いているのに、ゼオはどこかおどけた調子でこう言うだけだった。 「…正宗のことはいい、なんて、フェリスの口から聞ける日がくるなんてな。」 わたしは不満で唇を尖らせる。 「はぐらかさないでよ。ゼオはわたしのことどう思う?」 それでもやっぱりゼオはおどけたままだ。 「おれか? おれは、フェリスが好きだよ。」 「そーいうことじゃなくて!」 「どういうことだよ。フェリスはおれのこと好きか?」 そしてさらにこんなことも聞いてくるものだから、何だか声を荒げて怒る気もなくしてしまった。わたしはしぶしぶこの言葉を言わされる。 「好きだけど。でも、それとこれとは話はべつだよ。」 そうして何とかしきりなおそうとしたのだが、ここでもまたゼオはおどけてはぐらかして話をそらした。 「じゃあさ、フェリス。」 「……なに。」 バトルでも競争でも負けどおしなのとさっきからのゼオの態度が気に食わないのとで、わたしはむすっとして短く答える。 ゼオの問いはあまりにひどいものだった。 「おれのこと、どう思う。」 「もう! そういう話じゃないんだってば。」 「ちがうちがう。こういう話だ。フェリスから見て、おれの強さはどうだ?」 「え……」 「何だって言ってくれよ。だって、相手を好きかどうかと、強さがどうこうとは、話が別なんだろ?」 「…そうだけど。」 でも、それはわたしがずっと触れないようにしてきたことなのに。 今更何を言えと言うのだ。 「じゃあ言ってくれよ。フェリスの思うこと、ぜんぶ。猫の目で何でも言い当ててくれ。」 おどけていたはずのゼオの目からいつのまにか逃れられなくて、わたしはゆっくりと話し始めた。 「……ゼオの強さは、ね。」 まるでとってつけたような突然さで現れたものだ。ただひたすらに不自然で、ゼオ自身には似つかわしくない。 とってつけた突然さはそれだけでは終わらなかった。あまりに短期間のうちにあまりに急激に、その強さは大きさを増している。それは、たった十数年しか生きていないわたしだけれど、わたしの人生すべてをひっくり返してしまうほどの速さだった。 「わたしにとっては突然で、すごくびっくりした。でもそれはゼオががんばった成果だもんね。ゼオがやっと自分の潜在能力を引き出しただけだもんね。だからその力はゼオのゼオのためのゼオだけの力、だと思う。 ゼオはわたしが見てるあいだにもどんどん強くなっていったね。今なんか、世界大会でほんとうにナンバーワンを争うまでになっちゃって。世界大会の中でもまた腕を上げて。どんどん先にいっちゃうみたい。」 あまり気乗りしないで言葉を慎重に選びつつの出だしだったが、話し始めたら始めたで、わたしのほうも何だか止まらなくなっていった。 「ゼオはどこまでいっちゃうの? 世界大会で優勝したら次はどうする? その強さで何をする? その強さは何のため? その強さは誰のため?」 「…………。」 「ねえ、ゼオ。あまり遠くへ行かないでよ。ゼオまでどこかへ行ってしまったら、わたしはどうすればいいの? みんなみんなどこかへ行ってしまって、わたしにはもうあなたしか残っていないのに…」 「……どこにも行かないよ、フェリス。だっておれは、」 わたしはゼオの目を見た。 「そのために戦ってきたんだからさ。」 その目を見て、わたしは静かに悟った。 ゼオは、ゼオがおかしくなったのは、きっとわたしと同じ理由なのだと。 ゼオはあの黄金のトライアングルを壊したくなかったのだ。トビーがいなくなって、正宗がいなくなったとき、だからゼオは変わってしまった。 わたしが今でも変わらないでいられる(と、わたしは思っている)のは、ゼオがそれでもそこにいたから。そしてしょせん、トライアングルは他人でしかないから。 残された最後の点をいっしょうけんめい守ろうとすることで、わたしはわたしを保っていられた。 だけどゼオは違う。ゼオはゼオ自身を含めた関係を死守したかったからこそ、そのためにはその関係を壊さなくてはならなくて、こんなふうに変わってしまった。 HDアカデミーが何だ、スターブレイカーが何だ。すべてはゼオの中にあったのだ。 それならば、それだからこそ、わたしにだってゼオの苦しみを、いたみを、悲しみを、とりさってやることができるはずである。 できるはずなのに。 「…うん……そうだね。」 ゼオの手がわたしの頬に伸びる。大きな手に触れられてわたしは心地よさに目を細める。 そっと腕を引かれたときにはゼオの胸の中にいた。 「おれはずっとここにいるから。トビーは入院しちまって、正宗はおれたちを捨ててどっか行っちまったけど、おれだけはどこにも行かないから。」 「うん……。」 「フェリス、好きだ。」 「うん。わたしも好きよ。」 愛のある恋人同士みたいに、わたしたちは軽いキスをした。 どんなに彼女を演じたって、どんなに恋人同士を演じたって、ゼオがあの笑顔を見せてくれたって、どこかで何かがまちがっていると思わないではいられない。 でもどこかが分からない。でも何かが分からない。 確かに誰にも世界のすべては分からない。でも誰かに何かが分かることはぜったいにある。 でもわたしには分からない。 ただわたしにできるのは、わだかまりをひとつ抱えて、ゼオの胸で幸せ浮かべて眠ることだけ。 そばにいることが、彼女としていることが、幸せでいることが、ゼオの望むことならば、わたしはいくらでも愛の中に身を投じよう。 けれども。ふと思わないではいられない。 「(……猫の目が、なによ。)」 こんな役に立たない目なんかいらない。いちばん気づかなきゃならない大切なことに気づけないのだから。 |