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「おまえ達、聞け! ビッグニュースだ。」
 みんなが集まって開口一番、コーチが声を張り上げた。その場になんだなんだとざわめきが広がる。びっぐにゅーす。その単語にふさわしく、コーチのようすはいつもと少し違っていた。
「NASAとロシア宇宙局が合同開発した新しいスタジアムの披露を兼ねて、今度、****でスフィア360という大会が開かれることになったんだ! 世界中から参加者を募る、大規模なイベントだぞ!」
 とたんに、ざわめきは盛り上がりに進化した。それもそのはずで、普段から基礎練習を重視している(つまり地味な作業が主な練習になっている)このダンジョンジムの生徒にとって、その成果をいかんなく発揮することのできる大会という舞台はそれだけで魅力的なものなのだ。
 しかしコーチの発表した内容はそれを上回るほどに規模の大きいものだったので(世界中から人が集まる、だって!)、出る? どうする? といった、期待に恐れが混じったようなつぶやきも徐々には聞こえ始めるのだった。
 そんな煮えきらない場に対して、コーチが一喝。
「ダンジョンジムは全員参加だ!」
「えーーっ!!」
 その男らしい宣言は場をたいそう驚かせた。わたしも同じく驚いた。だって、普段は、ジムの外での大会に参加するか否かはそれぞれの自由だったのに。
「世界中からブレーダーが集まる大きな大会が、地元で開かれるんだ。このチャンスを逃す手はないだろう。ダンジョンジムの力を世界に知らしめてやるんだっ。」
「いいですね、コーチ。ぼくは賛成です。」
 そう言って声をあげたのは、言わずもがなトビーだった。ジムで1、2を争う実力者の発言に、異を唱える者は誰もいない。
「本番が楽しみだな。」
 そう付け加えて笑うトビー。そこにもう一つの元気な声が加わった。
「もちろんオレもだぜ! おまえらと当たれるのが楽しみだなー!」
 トビーに並ぶもう一人の実力者である正宗だ。そうした二人の発言は、結果として周りを引っ張る引き金になった。おれもおれも。ボクも! それまで心許なかったみんなのつぶやきは、力強い頼もしいものに変わる。そんなようすをコーチは満足げに見守る。
「(…わたしも。)」
 わたしも、口には出さないものの、こころの中でそう唱えて頷いた。


「わーい、勝った勝ったあ!」
「うるせー! 前はおれが勝ったんだ!」
 午後の総当たり戦、ゼオとのカードでわたしは勝った。悔しげにむくれるゼオを後目にスタジアムを降りて、次の番を待っていた子とタッチして入れ替わる。そして軽い足取りで勝敗の記録を付けに、記録ノートが置いてあるテーブルへと向かった。
 わたしは自分の名前の行がゼオの名前の列とぶつかるところを指で探して、そのマスに丸を書いて塗りつぶさないで、スタジアムアウトと付け足して、ゼオの名前の行に対しては逆のことを記入して、記録を終えた。ちなみにわたしは午前の最初でトビーには負けた。
 束の間の明るい気持ちでわたしがペンを置くと、横からトビーが覗き込んできた。
「ゼオはフェリスに負けが目立ってるね。やっぱりフォックスはオセロットには相性が悪いみたいだ。」
 そして反対の横から、ゼオが。わたしはそれだけでぎょっとした。
「ふん。まだ新ベイに慣れてないだけだ。フェリスはずーっとオセロットのままだからな。でもじきに圧倒的な差をつけてやるぜ!」
 ゼオは何だか勇ましく頼もしく拳を握ってくれるのだが、一方のわたしは努めて冷静を装うのに必死だった。ゼオのほうに身体を向けて何となく笑顔を返していると、そこにゼオが突っ込んでくる前に正宗が現れた。救世主だった。
「トビーはフェリスにもかなり勝ってるけどな。」
「まあ、慣れる速度には個人差があるから。」
 全く悪びれたようすのない正宗の発言に、トビーが苦笑しながらフォローを入れる。わたしはそこに糸口を見つけてやっとのことで会話を繋いだ。
「それにレイラーの変速的な動きが見切れないのよ…。次にどうくるのか、の予想ができなくて。今のトビーの戦法、すっごく苦手。」
「ぼくらは同じ技巧派だけど、フェリスにとってはぼくみたいのが相性が悪いのかもね。その点ゼオは連打に特化した攻撃型だから、翻弄しやすいのかな。」
 トビーの分析は相変わらず冷静でよく的を射ていた。ゼオが正宗の心ない発言にちょっと怒り出しそうになっていたのが、そのおかげで何となく落ち着きつつある。
 けれどもやはり正宗は正宗だった。何かすごい発見でもしたみたいに、清々しい声で言った。
「それじゃ、オレのほうが攻撃型として上ってことだな! だってオレはフェリスにも勝ってるもん。」
「ま、正宗…」
 さすがのトビーも頭を抱えた。案の定ゼオが正宗の肩を叩いて、暗い影を背負ってささやく。
「正宗くん…言ってくれるじゃねぇか。」
「だって本当のことだろー? なっフェリス! おまえもそう思うよな!」
「え、あの、」
 そしてここでさらりとわたしに話を振ってくるから正宗は正宗なのだ。ゼオと正宗の二つの注意を向けられてわたしは思わずたじろぐ。二人でじゃれ合ってくれてれば最高だったのに!
「わ、わたしは、」
 何とかして発言だけはしようと思ってがんばる。まるで言い訳するみたいにわたしは口を開いた。
「またおんなじこと言うみたいだけど、相性っていうのが、大きいと思うの。ほら、オセロットの戦法って、相手の攻撃を受け流したりして、受けるダメージを減らすことが主じゃない。これに対する有効な戦法っていくつかあって、」
 冷静に分析しているように見えるのは表面だけで、その実、中身はこの上ないほど混乱しているのである。主な理由はゼオだ。わたしはゼオから逃げるように、ぺらぺらとまくし立てた。
「その1が、トビーや前に鋼銀河がやったみたいに、攻撃の仕方をくふうすること。わたしが操作する余地を与えないように変則的な動きで攻撃したり、物理的にダメージを逃がすことが不可能な方向から攻撃したりすることね。
 そしてその2が、正宗がやったみたいな、ダメージを受け流してなんていられないほどの、一点集中、強力な攻撃をすること! オセロットの防御力じゃ、すぐスタジアムアウトになっておしまい。
 それにユニコルノは機動力も強いから、大きな威力の攻撃を立て続けにされちゃうと、避けるにも限界があるのよね…。レイウィールによる多段攻撃もつらい。」
 トビーが感心したふうに頷いた。わたしはそのことではちょっとだけ良い気になった。
 けれどもわたしがトビーのほうに比較的注意を向けていると、その間にずいっとゼオが割り込んでくる。わたしは焦った。焦ったのだけれど、正宗とトビーのいる手前、この平穏を壊すわけにはいかないのだった。
 ゼオは言った。
「おいフェリス。それじゃ、単に正宗がおれより強いって言ってるだけみたいじゃねぇか! おれにもなんか言ってくれよ! 猫の目猫の目!」
「えぇ…?」
 そんなわたしの心中を知ってか知らでか、ゼオはいつになく積極的に言ってきた。どうするべきかと迷ってちらりとトビーのほうを見ると、トビー自身もわたしの発言を待っているみたいだった。わたしの話に興味を持ってくれるのは嬉しい。けれど泣きたい気持ちでわたしは言った。
「えっと。ええと。相性って言ったけど。本当にそのとおりなのよ。ゼオはわたしにとって相性の良い相手なの。
 フォックスの攻撃を受け流すトラックは、攻撃特化のベイにほどつらいものだけど、バランスタイプのオセロットにならちょっと当て方を工夫すれば簡単に攻略できるし。お得意のアッパー攻撃だって、クッションの効くオセロットには痛くもかゆくもないわ。連打攻撃は一撃一撃の威力はそう高くはないから、要所要所で受け流してあげればいいだけ。それに、ゼオのフォックスの動きってよくも悪くもまっすぐだから、すごく見切りやすいのよね。」
 わたしはなるべくゼオの目を見ないで話を続けた。
「言ってくれるじゃねぇか!」
「だ、だから相性なんだってぇ!」
 理不尽な感想を泣く泣く受け止めつつ、なんとかわたしは次はフォローに回る。ゼオの目は見ない。
「それにね、わたしはゼオの戦い方は好きなのよ。しなやかで素早くて、力だけじゃない攻撃に優れている。柔で剛を制すっていう感じが。」
「え…」
「それとバトルでは話が別ってだけ! 今は正宗やトビーのこと持ち上げるばっかだけど、それはわたしが二人に勝てない今があるから。いつかはそんなこと言わないで済むように、強くなってやるの!」
「うん。楽しみにしてる。」
「そのときはそのときで、返り討ちにしてやるけどな!」
 正宗もトビーも笑ってくれたから、わたしも笑って返した。でもゼオは違う。わたしの視界の端のゼオはなんだか仏頂面をしているようで、わたしはせっかく落ち着きかけていたのに、前よりもさらに慌てた。何か、何か言わないと!
「だ、だから、ええと、」
 思考の引き出しを開けて閉めてを繰り返していると、やっとひとつ、意味のある大切な内容が見つかった。わたしは迷わずそれを口に出した。
「わたしは今、一点集中で大きなダメージを与えてくる戦法への対策を考え中です!」
「あっ」
「あっ」
「言っちゃった」
 反射的に口を手を覆ったけど、出てしまったものが戻るはずもない。
「つまり、どういうことだ?」
 正宗が首を傾げてトビーに質問した。トビーは一度だけうーんと唸ってわたしの目を見て、苦笑したのちに正宗に向かって解説した。
「フェリスは今、正宗を特に警戒してるってことだよ。」
「なんだとーっ!?」
 オレはおまえには負けないからな! 正宗が元気よく言ってくる。わたしだって負けてばっかじゃいられないんだからね! わたしも何とか言い返す。そこから続けて正宗とやりとりをしていたら、あるときふと、また、ゼオのようすが目に入った。ゼオは笑っていた。呆れたみたいに、おもしろがるみたいに、今までしょっちゅうわたしに向けてくれていたような笑顔を表情に浮かべていた。
 だからわたしはそのときだけは安心して笑うのだった。いつまでも、わたしは努めていつもどおりを装わなければならないのだから。