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 平和なダンジョンジムに突如舞い込んだ「ビッグニュース」は、新しい刺激としてジムのみんなのこころに飛び込んできた。自然、それからのみんなの話す内容はスフィア360一色に染まる。
 あるとき、数人のジム生が輪を作っておしゃべりをしていた。肝心のコーチは誰かのベイのメンテナンスだかで奥に引っ込んでいた。
「全員参加かあ…。コーチはさすが厳しいぜ。」
「でも楽しみだな! 本戦までいったら、大きな会場と新しいスタジアムでバトれるんだろ!?」
「とはいっても、やっぱり無理だよなあ…」
 大きな大会への期待と、冷たい現実への諦め。主にその二つの感情が会話の多くの部分を占めている。適度に明るかったり暗かったりするたわいないおしゃべりの中、ある一人が一つの転換点となる話題を振った。
「誰が勝ち残ると思う?」
 それは誰にとっても実に興味深いことであった。もちろん自分が勝ち残ることができれば感無量だが、そんな願いは少々現実味に欠ける。ならば、自分でないならば、いったい他の誰が。誰が勝って本線へと駒を進めるのだろうか。
 その場にいた面々は顔を見合わせて、そのうちの一人が総意をまとめあげるように発言した。
「そりゃあやっぱりトビーだろ! しばらくブランクがあるらしいけど、それでもうちのナンバーワンだ!」
 うんうんという頷きが周りに広がる。それが輪の反対側の端まで進んだところで、最後の一人はこう言った。
「ボクは正宗だな! 何と言ってもあの、鋼銀河と肩を並べて世界大会で戦ったブレーダーだぜ!」
 その発言に呼応するように、さらに別の一人が声をあげた。
「それを言うなら、ゼオだって!」
「やっぱり、うちのジムならその3人だよなぁ。」
 そうしてひとまずの結論はそこに帰着した。頷きを止める者は特にいない。会話が落ち着きを見せた頃、たわいないおしゃべりの内容の一つとして、また一人が発言した。
「えっと、他にダンジョンジムで強いブレーダーって言ったら、オーエン達かな。あいつらも分かんないぞ。」
 何気ないようすで会話は続く。
「でも、世界中からブレーダーが集まるんだろ? もしかしたら、鋼銀河みたいに強い外国人ブレーダーも来るかも! レベル高い大会になりそうだぜ。」
「だよなあ……。ま、俺達もできるだけがんばろうぜ!」
 その発言によって会話がまとめられたかと思われたとき、突然、雑談の輪をある大声が貫いた。
「こらーっ、おまえら!」
「わーっ、ごめんなさいコーチ!」
 誰もがみな、反射的に一様の反応をする。が、驚きの一波が過ぎ去ったとき、声のしたと思われる方向に立っていたのは誰もが反射的に予想した人物ではなかった。
「…って、正宗?」
「どうしたんだよ?」
 腰に手を当てて胸を張って立つ正宗が、にっと不敵に笑う。そして言った。
「おまえら、大事なヤツを忘れてるだろ!」
「って言うと?」
「誰が勝ち残るかとか、そういうの。オレたち三人をあげるのはとーぜんとして、あとひとり抜けてる。」
「えぇ…? でも、ほかにいたか?」
 分からない、といったようすで誰もが顔を見合わせた。そんな面々に対し、正宗は自信のあるようすで言い放った。
「フェリスだよ! ダンジョンジムの、えーと、なんて言ったっけ、」
 問題の人物を形容する言葉を探すように目線を斜め上にあげた正宗に、勘の良い一人がすかさず言葉を与える。
「紅一点」
「そう、紅一点、フェリスだよ!」
 正宗はやはり自信たっぷりだったが、その主張を聞いて問題なく納得できる者は皆無だった。
「えー。あいつ、強いのか?」
「トビーに負けてるとこしょっちゅう見るけど。」
「そりゃ相手がトビーだからだよ! 負けてばかりだけど勝つときだってあるぜ。少なくともフェリスはおまえらよりは強い!」
「う、」
「そりゃそうだろうけど…」
 それでもやはり、みんなはどことなく信じられないようすだった。そんな面々を前に正宗はさらに胸を張って、こう言うのだった。
「ま、もちろん優勝は、この角谷正宗さまだけどな!」

 っていうことがあったらしい。
「正宗…」
 恥ずかしいやら申し訳ないやら。うれしいのはもちろんなんだけど。けれど、そんな話を得意げに面と向かってされてしまっては、何と返したらよいのかと困ってしまう。
 それでも、自分の勝利を疑わない姿勢はやっぱり正宗だ。わたしはそのことにふと思い当たって小さく笑ってしまった。
「なんだよ。」
「だって。正宗らしいなって思って。」
「なーに言ってんだよ。フェリスは強くなっただろ、それは本当のことだ!」
「うん……。ありがと。」
 それもやっぱり正宗らしいなと思ってわたしは笑う。そうやってまっすぐにものを言ってくれるから、それが何より嬉しいのだ。
 そうして正宗と話していたらトビーも来た。ようトビー! おまえもジムの奴らにウワサされてたぜ! から始まって、正宗がわたしにしたのと同じ話をトビーにもする。わたしは二回目になる話をやはりさまざまな感想を抱きつつ黙って聞いた。正宗が話を終えたとき、トビーはわたしのほうを向いてにこりと笑った。なのでわたしも笑い返した。
「確かに、フェリスはすごく強くなったもんね。ジムに戻ったときは驚いたよ。」
「えへへ…。みんなに会わないあいだ、がんばって練習したから。強くなったゼオにもしょっちゅうバトルしてもらってたし。」
「そっか…。」
 トビーの相づちを最後に会話が途切れた。なんだかしんみりした空気が流れると、それを打ち切るように正宗が口を開く。
「で、」
 いたずらっぽい笑みを浮かべて正宗は言った。
「結果のほうはどうなんだよ?」
 “結果”とは、それだけでこのダンジョンジムの誰もに通じる共通の“結果”である。それについては即答するにはためらいがあった。弱気な自分が顔を出し、わたしは思わず質問に質問で返してしまった。
「二人は?」
「ぼくは今のところ、全勝中。」
「オレも!」
 即答だった。
「うわぁ…。」
 そして正宗が何気なく付け足す。
「ゼオは確か、一回負けたって言ってたかな。ほんと甘いよなー、あいつ。」
 言ってから正宗は、きょろきょろとあたりを見回す。わたしにとってもさいわいなことに近くに例の姿は見当たらず、正宗はわざとらしくべっと舌を出して笑った。
「加点方式で上から20位までを残すやり方だから、一度くらい負けても問題にはならないよ。何分、試合数が多いからね。」
「で、だからフェリスはどうなんだよ。勝ってるのか? 負けてるのか?」
「わ、わたしは、」
 二人の返事とトビーの説明を受けて、わたしのこころは少々軽くなっていた。すーはーと息を吸って吐いてから、わたしは素直にばくろした。
「二回、負けちゃった…」
「あらら。」
「マジかよ!」
「でっ、でもでも、それ以外は勝ってるからね! 試合はあと半分残ってるから、それでぜんぶ勝てばだいじょうぶ!」
 必死に言いわけするわたしに正宗は厳しい。
「また二回負けるかもな!」
「もう、からかわないで! 本気だから!」
 やはり思っていた以上に二人の反応は辛らつだったから、おかげでわたしのこころは重さを取り戻すことができていた。わたしは意を決して言った。
「わたしも、あなたたちと同じ舞台に立つの!」
「フェリス……」
「これからの試合、絶対に負けない。ぜんぶ勝って、本戦への切符を手にするの。見てて!」
「何だ、それだけか?」
「それだけでぼくらと同じ舞台なんて言わないでよね。そうだろ、正宗。」
「おう! フェリス!」
「え、え、…?」
 戸惑うわたしをよそに、正宗とトビーは目を見合わせて笑った。そして二人がわたしを見た。
「目指すは決勝だ、決まってるだろ! 決勝で戦おう!」
 口に出して言ったのはトビーだったけど、正宗の目も同じことをわたしに言っていた。二人に言われてわたしはたじろいだ。力ない言葉が出た。
「え、だ、だって……決勝では、正宗たち三人が…」
 三人のじゃまはしたくないのに。
 思わずそう思いかけるけど、つぶやいた言葉はなんだかばからしい。そんなんじゃない。そんなんじゃないのだ。わたしは少し引いた足でも立つ瀬をしっかり確認して、二人の目を見返した。
 正宗が不敵に笑って言う。
「だからどうだって言うんだよ。強けりゃ勝つ、それだけだろ。それともフェリス、おまえはしょせんは本戦止まりか?」
 トビーも同様に。
「もちろん、目指すは決勝、だろ?」
「……!」
 その瞬間、わたしの足下は確かなものになった。わたしは自分の目で二人を見据えて、しっかり一度、頷いた。
「う、うん! もちろん! わたし、勝つよ!」
 勝って、正宗たちと同じ舞台に立つ!
 わたしが何とかそう言い切ると、二人とも嬉しそうに笑ってわたしと手を打ち合わせてくれた。わたしも嬉しかった。
 長い間ここでいっしょに競い合ってきた、わたしだってダンジョンジムの仲間なのだ!
 大好きな三人と同じ箱庭には入れずとも、ここがわたしの居場所なのだから。
 ジムで唯一の女の子だから気にかけてもらえるんじゃなくて、偶然と巡り会いの結果としてただ何となく身近にいるんじゃなくて、
 わたしがわたしだからこそ、三人のそばにいられる。そんな存在になりたいなって、このときのわたしは思ったのだった。