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 悔しい悔しい悔しい!
 わたしはぼろぼろと涙をこぼした。がまんしたけれどしきれない分が溢れてきた。
 その涙は負けて悲しい涙じゃなくて、自分の無力が許せない涙じゃない。ただ、ただ、正宗に勝てなかったことが悔しい!
 正宗に負けたわたしは試合が終わってから控え室に戻ろうとしたが、ついに耐えきれなくなって、廊下に備えてある長椅子に座った。試合が終わるまではがまんした。ほかの選手が控え室に戻るまではがまんした。もうだめだった。わたしは泣いた。
「うっ、うぅ…」
 涙が止まらない。くちびるが震えてうめき声は嗚咽に変わる。そして熱い滴が膝の上で握りしめた手の甲に落ちたとき、わたしはふと、涙を拭かなきゃと思った。いつのまにかほっぺは涙でべとべとである。
 そんなときちょうど、わたしの目の前にハンカチが現れた。白色がきれいだ。不思議に思ったわたしが顔を上げると、目の前に正宗が立っていて、その正宗がハンカチをわたしに差し出しているのだった。顔はそっぽを向いていた。
 正宗はぶっきらぼうに、ばかみたいに口を開けて固まっているわたしに向けて、
「拭けよ。顔きたねーぞ。」
 と言った。そのせいでわたしの顔はよけいに「汚く」なってしまった。
「お、おい…」
「正宗がハンカチくれたぁ…」
 うろたえる正宗を前に、わたしの涙がやっぱり止まらない。
「な、な、なんだよ! オレだってそれくらいするぞ!」
「…うん…そうだよね。ありがとう。」
 わたしはハンカチを受け取った。けれどもまだ涙は拭けずに、本音がつい漏れてしまう。
「ありがとう、だけど。ちょっと気に食わないなあ。」
「な、なんだよっ。」
「わたしは敗者。あなたは勝者。」
「そんなの関係ねーだろ。友達が泣いてたら心配するんだよ。」
 正宗が言い切ってくれた「友達」という言葉が、わたしには嬉しくも悲しくもあった。わたしは白いハンカチで涙を拭いてから、正宗に言った。
「だって。悔しかったんだもの。正宗に負けちゃった! 勝ちたかったなあ!」
 すると正宗は意外そうな顔をしてから、新しいものを受け入れたような顔をして、それから、にっと不適に笑った。
「…それだけか?」
 今度はわたしが意外そうな顔をする番だった。けれども正宗のまっすぐな目を前にしてそれもすぐに消え、膝の上の手をぎゅっと握り直す。わたしは首を振る。
「ううん。とても楽しかった。あなたと戦えてよかったよ。」
「へへっ。そうだろ。オレもだ!」
 今し方のバトルがわたしのこころの中にありありと蘇る。飛び散る火花のきらめき、響く金属音の躍動。抱いた興奮はすべて全くきれいに残っていた。
「すげー良い勝負だったよなぁ! 熱かったぜ!」
「うん。あと少しだと思ったのに。」
 わたしは右手を開いて、握っていたオセロットを見た。ずっといっしょに戦ってきた、わたしの相棒だ。ウィールにひびが入って、刃が一枚欠けている。
「オセロットが…」
 わたしの手の中のものを見て、正宗が、わたし以上に悲しそうな声で呟いた。だからわたしは意識的に声を明るくして言った。
「欠けちゃった。コーチに直してもらわなきゃ。きっと、うまく凌いでるつもりでも、ダメージの蓄積はあったんだね…。さすがはユニコルノ。本当に手強い。」
「だけど、オレも危ないところだったぜ。オセロットがちょこまかしてさぁ。うまく当てられねぇの!」
「だって、ユニコルノの攻撃をまともにくらったら、ぜったいに勝ち目はないもの。」
 ここで正宗はふと、まじめな表情を引き出した。声のトーンを押さえてゆっくりと話す。
「…運が悪かったら、そうなってたのはオレのベイのほうだったかもしれない。」
 わたしは即座にそれを否定した。
「そんなことないよ! わたしがオセロットの耐久力を見誤ってたの。わたしの詰めが甘かったのよ。」
「そーいうもんかぁ? よくそんなとこまで考えて戦えるなあ。」
「これがわたしの戦い方だもん。…でも、だから、わたしはあんまり強くないのかもね。勝とう勝とうって、あれこれ考えて戦っちゃうから。」
 わたしは手の中のオセロットに視線を落とす。ベイバトルで勝敗を最後に決めるのは、力でも、技術でも、ベイの性能でもないのだ。
 正宗は首を傾げた。
「考えて戦ったらだめなのか?」
「やっぱり、ベイバトルは熱くならなきゃ。」
「そんなことねーよ! オレ、フェリスとバトっててすげー楽しかったもん! おまえの熱いベイ心、ばっちり伝わったぜ!」
 そして正宗は親指をぐっと立てて見せてくれるのだった。それだけで、たったそれだけで、わたしのこころに優しくも力強い火がともる。これからもがんばって歩き続けていけそうになる。
「ほんとう…?」
 確かめたくて語尾を上げると、正宗はああと言って大きく頷いてくれた。
 やっぱり、勝てなかったことが悔しくて悔しくて悔しくてしょうがない。だけどそれだけじゃない。わたしは正宗に笑顔で返事をしながら、ああやっぱり、あのとき正宗に向かっていってよかったな、と思った。
 正宗はそろそろ決勝戦の時間だと言った。わたしは月並みの言葉で正宗を送り出そうとしかけたけれど、思い直して言葉をかえた。
「わたしを負かして決勝に進むんだから、優勝しなきゃゆるさないわよ!」
 正宗は嬉しそうに、頼もしく、胸を叩いて応えた。
「おう! 任せとけ!」
「やくそく。」
「約束だ。」
 そう言って、正宗が差し出してきたのは自分の右手の小指だった。わたしはよく分からず首を傾げた。
「…なあにそれ?」
「指切り、って言ってな。」
「切っちゃうの!?」
 驚くわたしを正宗は笑った。
「言葉だけだよ。日本じゃこうやって約束するんだ。」
 言いながら、正宗はわたしの手をとって自分の小指と絡ませる。わたしは内心でどきりとした。
「ゆびきりげんまん、…」
 うそついたら、はりせんぼん、のます。わたしの知らない国の歌を正宗が歌ってくれるのを、わたしは正宗に合わせて右手を上下させながら聞いた。
「ゆびきった!」
 そのかけ声と共に小指同士が離れる。そして残るのは正宗の勇ましい笑顔だけ。
「絶対に優勝してみせるからな。見ててくれよ!」
「うん!」


 だけど正宗は負けた。キングという名前の「レジェンドブレーダー」に。
 星空の下、勝負を終えて笑い合う二人を見つけて、わたしは、