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 こんな立派な船に乗るのは初めてだ。もっと言うと、海を直接見るのも初めてだ!
 わたしたちは今、ベイスター島で行われるというチャンピオンシップに参加するために船で移動していた。正宗とトビーとゼオとキングといっしょだ。鋼銀河とその仲間たちも同じ船に乗っている。正宗をレジェンドブレーダーとして覚醒させるためとか何とかでWBBAから支援を受けていて、おまけみたいに付いて来たわたしでもこんな豪華な船に乗せてもらえているのだ。
 どこまでも続く海と空の青にわたしは魅了されっぱなしだ。出発してからずっとずーっと甲板で景色を眺めていた。


 そうしていたら具合が悪くなった。俗に言う「船酔い」というものらしい。
「うーん、うーん…」
「フェリス、だいじょうぶかい…?」
 船の揺れが気持ち悪い。からだの中がぐるぐるする。すてきな旅になると確信していたのに、まさかこんなことになるなんて!
 心配してようすを見に来たというトビーが背中をさすってくれたけど、一向によくなる気配はない。気持ち悪い。
「船室に戻ろう? 肩を貸すよ。」
「で、でもぉ…」
 わたしが甲板に居続けた理由はもう一つある。ゼオだ。ゼオと同じ場に居合わせるなんてことわたしにはとても耐えられなかったから、意固地になってわたしはずっと外にいたのだ。
「……ゼオのことかい?」
「えっ?」
 思わずトビーの顔を見上げると、トビーは何でも知ったふうなようすで笑っていた。
「大丈夫だよ。もしも部屋にいたら、適当に口実を作って追い出すから。」
「……トビー…。」
 その笑顔の前に言い返すことなんてできなくて、わたしはトビーに支えられながら部屋に戻った。ゼオがいた。正宗もキングもいた。きっと顔面蒼白なんだろうわたしを見て二人して何か騒いでいる。具合が悪くて立っているのがやっとだったからよくは覚えていないけど、トビーが三人に二言三言告げたら出て行った。トビーすごい。
 ベッドの上に腰掛けて、お腹に何か入れたほうがいいと言われたので、トビーが持ってきてくれたオレンジジュースを少し飲む。パンも少し食べた。それからしばらく横になっていたら、だいぶ気分が楽になった。
「うーん…」
「フェリス。もう起きてもだいじょうぶなのかい。」
「うん…まだ少し、ふわふわするけど。おかげさまで。ありがとう、トビー。」
 わたしはまだ残っていたオレンジジュースを空にした。
 部屋にはわたしとトビーの二人だけだった。トビーはベッドの横の椅子に座って穏やかな表情を浮かべている。その顔でとんでもないことを言った。
「もうよくなったなら、みんなを呼び戻してもいいかな。」
「それはだめっ!」
 思わず大きな声をあげてしまった。トビーが目を丸くしている。わたしはタイミングを置いて我に返った。
「あ…。その、代わりにわたしが出てくから。それから、お願い。」
「それは、正宗が理由? それともゼオ?」
 事も無げに言ってしまうトビーを前に、わたしはごまかせばいいのか、うそをつけばいいのか、本当のことを打ち明けてしまえばいいのか分からなかった。一拍置いてから、ふと思い当たって答えた。
「…分かってるくせに。」
 トビーは甲板でわたしに言っていたのだ、「ゼオが部屋にいたら追い出してやる」と。
「予想してるだけだよ。きみが最近ゼオを避けているみたいだったから、何かあったんだろうなって。きみのこころもゼオのこころも僕は知らない。」
「うそだぁ。」
 真っ先にわたしの口を突いて出てきたのはそんな感想だった。
「嘘じゃない。きみのこころはきみにしか分からないものだろう。」
「…………。」
「でも、きみがゼオを避けているのは事実だ。何があったかは分からないけれど、そういうの、やめてあげたら? きみもゼオもそんなの望んでないだろう。」
「それは、そうだけど…」
 わたしはトビーを見た。わたしが気を病むほどに不毛な感情を向けた相手だ。女のわたしから見てもどきっとするくらいにきれいな顔をしている。深い色の瞳がじっとわたしを見ている。
「二人の問題に、他人のぼくが干渉するのもどうかとは思うけどね。友達のことは気になるんだ。」
「…うん……。ごめんね、トビー。」
 確かに、このままじゃいけないとは思う。時がいずれは回復してくれるって、もしかしたらその前にわたしが死んでしまったら意味がない。そんな思いが浮かぶくらいにはこの傷は途方もなく深い。
 だけど、どうにかするにしたって、どうしてもわたしにはこの傷を抉ってしまう気がして仕方がないのだ。それが怖くて怖くて一歩も動けない。だからずっと現状を維持する。
「なんでこうなっちゃったのかなあ。」
 疲れていたから、優しいトビーの前だったからか、こころの声が勝手に言葉になって浮かび上がった。こうはなりたくなかった。できればずっと、あのときのままでいたかった。そう思わないではいられない。それでもこれは口にしてはいけないこころだったから言ってしまったことを後悔したけれど、それを取り消すだけの元気は今のわたしにはなかった。
 そしてトビーが困ったように笑って、何か言いかけたとき、
「フェリスーっ!! 大丈夫か!!」
 船室の扉が勢いよく開いて、正宗とキングが競い合うようにして飛び込んできた。転ばん勢いで我先にとベッドのほうへ駆けて来て、何やら黒いものを持った腕を上にぴっと伸ばした。二人で。
「ほら! 昆布釣って来たぞ! 食べろ!」
「いいやオレの昆布のほうがでかい! こっちにしろ! ぜったい元気出る!」
「いいやオレのだ!」
「いいや!」
「…!」
 昆布(昆布?)片手に顔を突き合わせてぎゃーぎゃー言い合う二人。何度言葉を応酬しても話がつかない。ついに二人は同時にこちらに振り向いて、それぞれが持った昆布もどきをずいっと差し出してきた。
「どっちがでかい!?」
「…え、えーと…」
 二組の強い目に見つめられ、言うべきことが出てこない。わたしはそっと目線を二人から二人の持つ昆布らしきものへと移した。そして言った。
「…それ、昆布じゃないとおもう。」
「なにぃーっ!?」
 まず正宗が頭を抱えた。
「バカ言うなっ!!」
 次にキングがわたしを怒鳴った。
「ば、バカは言ってないよ…。そんな昆布、見たことないもの。」
「もっぺんやり直した、キング! 待ってろよフェリス、オレがでかい魚釣ってやるからな! 元気出すんだぞ!」
「オレさまはもーっとでかい魚釣ってやるから、そっち食えよ!」
 勝手なことを口々に言い残し、そして二人とも出ていった。言い争う声が廊下を走って遠ざかってゆく。
 ついには部屋は静けさを取り戻し、あるときトビーが小さく噴き出した。
「ほんと、おもしろい二人だよね。」
「…うん……」
 わたしは二人の出ていった扉をぼーっと見つめながら答える。付近の床には昆布じゃなかったものが落ちていたりもする。
 トビーは言った。
「友達、だろ?」
「…うん。」
 それでも何だかふくざつ。
 あながち、トビーの二者択一も間違いじゃなかったかもしれない。

**

 それからきちんと酔い止めを飲んだり休んだり食べたりしていたら船酔いはさほどひどいことにはならず、船は無事に目的地に到着した。いろんなことはさておいて、目の前に待ち受けるベイバトルに期待が膨らむ。わたしだってブレーダーだもの!
 会場には国を問わずに大勢のひとが集まっていた。この大会では、バトルする相手があらかじめ決まっていないらしい。ひたすら山の頂上を目指して島を走り、チェックポイントではち合わせたブレーダーを倒して先へ進む。そうしてゴールにはじめに付いたブレーダー同士でバトルをするのだ。決まっていないカードや大自然の中を自分自身の足で進むという点は、いつぞやに日本で行われたサバイバルバトルを彷彿とさせた。わたしは実にわくわくした。
 審判の説明も終わり、スタートのカウントが始まる。スリー。ツー。ワン。
「ゴォー、スタート!!」
 そしてわたしは走り出した。