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 わたしは途方に暮れた。
 足が痛いのである。思い当たるのは先ほどのバトル、攻撃の余波で吹き飛ばされて、なんとか自分の足で地面を掴んだとき。違和感があった。平たく言えば不自然な着地のしかたをした。そのころから痛かった。
 だけど最初はちょっとぶつけただけだと思っていた。そのバトルはわたしの勝利に終わり、わたしはその足で走ってチェックポイントを抜ける。まだまだ先は長いから足を休めるなんてことはせずに、痛みは気になったけれどそのうち引くものだと信じて、走って走って走って走って、とある段差を飛び降りて進んで着地したとき、
 痛みが悲鳴をあげた。わたし自身も叫びそうになった。
 そこからはもう地獄だった。痛みが痛くて痛くて痛くて仕方がない。それはわたしの足だけじゃなくて意識さえもを支配しようと浸食してきた。わたしは何とか自分を保った。そしてただ一つの思いを胸に、足を飾りものみたいに引きずって森の道をただ歩いて、
「ゼオ……」
 いたのだけれど、そんなときゼオと出会ってしまったものだから、今いちばんに会いたくない相手だったはずなのにこの上ないほどわたしは安心して、弱いわたしが顔を出しそうになってしまった。
「どうしたんだ、フェリス!」
 だって、ほら、わたしを見つけるなりゼオはすぐに心配そうな顔して駆け寄ってきてくれる。ゼオは優しいひとだから。
「べ、別に」
 だけど何とかわたしは意地を取り戻した。かっこよく言えばブレーダーの心みたいなものだ。「棄権しろ」その言葉をどこまでも恐れていたから、わたしは何でもないみたいに両足で立った。痛い。
「ちょっと走るの疲れちゃって。小休止で歩いてただけよ。すぐに追いつくから先へ行っていて。」
 ばかみたいな言い訳が次から次へと口をついて飛び出した。
 だけど。
「何言ってんだよ! そんな顔して小休止も何もあるか。意地張ってんじゃねえよ!」
 そんな言葉でゼオが騙されてくれるはずがなくて、すぐにわたしはゼオに優しく怒られていた。愚かなわたしは愚かでしかなくて、心中で苦笑いする。
「(そうだよね、ゼオはいつでもわたしの気持ち聞いててくれたもんね。これくらい分かっちゃうよね。)」
 あれだけ必死に立ち上がったのも嘘みたいに、今度は痛みだけが現実に成り代わった。覚悟は簡単に崩れ落ちて諦めに変わる。率直に言えばすごく痛い。わたしはゼオの次の言葉を待った。きたるべき宣告を。
「…脚、ケガでもしたのか。」
 待った、のだけれど。
「じっとしてろよ。」
「えっ?」
 言葉はたったそれだけで、ゼオが、わたしの背中を支えて膝をすくって、つまりわたしを抱き上げて、
「ちょっちょっと、ゼオ!?」
「暴れると落ちるぞ。」
「だけど何なんでどうして、…」
 間近で見えるゼオの表情が真剣だったのでわたしは口をつぐんだ。
 とりあえず落ちないように、ゼオの首に手を回す。歩きだしたゼオは明確な目的を持って進んでいるようだった。もしかしたら医務室に連行されるのかも、とか思ってひやっとしたけれど、それはそれでわたしには抵抗できる正当な理由がなかったので、とにかくわたしは黙ってゼオに運ばれた。
 するとあるとき森が開けた。少し見ればすぐに分かる、すり鉢状のスタジアムに大きな像。このチャンピオンシップにおけるチェックポイントだ。チェックポイントにたどり着いたブレーダーはそこでバトルをして、勝った者だけが先に進むことができる。大会のルールがまるで光の道しるべみたいにわたしのこころに流れ込む。
 ゼオは唖然とするわたしをスタジアムの前で降ろした。そして自分は歩いて反対側へと向かう。
「ケガで棄権なんて、いやだもんな。」
 その言葉で全ての疑問が解明された。ゼオはシューターを取り出して手の中で一回転、そして自分のからだの前で構える。
「構えろよ、フェリス。おまえを倒しておれが先へ行く!」
「ゼオ……!」
 わたしのくちびるが震えた。ただ名前を呼ぶしかできなかった。
 そんなわたしを見て、ゼオはふっと力を抜いて笑った。
「…で、おれが負けたら、おまえをおんぶでも何でもして走ってやるさ。」
 わたしは急いで目元を拭った。そして最後の力を振り絞って立ち上がり、シューターを出して構える。
「負けないわよ!」
 自分でも信じられないほどに元気な声が出た。その声でゼオといっしょにカウントをし、同時にスタジアムにベイをシュートした。


 スタジアムを旋回する二機のベイを見つめる。
「(わたしはこれまでに何度もゼオに勝ったことがあるんだ。いつもどおりにやればだいじょうぶ。冷静に、バトルをよく見て…)」
 フォックスが動いた。
「オセロット! 迎え撃て!」
 フォックスの攻撃にオセロットを正面からぶつからせる。砂煙が舞う。
 フォックスの最大の武器は、そのスタミナに根ざした遠慮のない連打攻撃だ。一撃一撃の威力は確かに強くはないが、延々と繰り出される迷いのない攻撃というのは脅威以外の何物でもない。
 とはいえそんなもの、わたしとオセロットには恐ろしくも何ともなかった。オセロットは持久力にも攻撃力にも優れているバランスタイプだから、相手に応じて多彩な戦略をとることができる。フォックスの連打攻撃なんて、要所要所でかわしたり受け流したりをしてやればいい。連打は連続で食らうからこそダメージになるのだ。
「くそ、ちょこまかと…!」
 フォックスのアッパー攻撃。わたしはこれはあえて避けずにオセロットを跳ね上げさせた。角度と方向からして、スタジアムアウトにはほど遠い。落下地点を狙ってフォックスが走るが、落ちる速さを使ってむしろこちらから攻撃をしかける。フォックスは空中からの攻撃にはあまり強くない。
「(狙うはスタジアムアウト、それだけ。ある程度ダメージを蓄積させたあとでスタジアムの端に誘い込み、一気にカタをつける!)」
 TRトラックは確かに相手の攻撃を受け流すが、そんなものは攻撃の仕方を少し工夫すればどうとでも対処できる。下から突き上げるように、真正面からぶつけるように、様々な角度から攻撃してフォックスにダメージを与えていく。
 この調子を保てれば、いける。そうわたしが確信し、オセロットに声をかけようとしたとき、しかしフォックスの動きが変わった。オセロットが攻撃した瞬間にフォックスからも力が加わった、これはぶつける攻撃じゃなくて押す攻撃だ。高い身長と重い機体で上から押し潰すように力をかけられ、オセロットは脱出することができない。
「しまった…!」
 フォックスは持久はもちろん防御にも優れている。それに捕まってしまってはおしまいだ。ぎりぎりときつい金属音と共に火花が飛び、オセロットの下の地面が削られる。わたしは集中を高めてほんの一瞬だけオセロットを加速させ、勢いをつけてフォックスを弾いた。狐の爪から逃れた山猫を、ひとまずスタジアムの上で走らせる。
「まだまだいくぜ!」
 しかし狐の猛攻は止まらなかった。走るオセロットにぶつかり、連打攻撃を繰り返してくる。先ほどスタミナを大きく消耗してしまったオセロットには、いつものようにそれを上手にかわすことができない。一つ二つ三つ四つ受け、五つ目でようやく大きく動いて避ける。軌道力を活かしてフォックスの背後に回り込み、アッパー攻撃をしかける。
 わたしは跳ねたフォックスが落ちるところを狙ってさらにオセロットで追撃した。そしてまた落下地点で攻撃。何度も何度もぶつかり合い、徐々にスタジアムの端へと近づいてゆく。
「(後少し!)」
 けれどももちろんゼオだって黙っているわけではなかった。端にきたところでフォックスがしっかりと踏ん張り、オセロットのアッパーをものともしなくなる。下から押し上げようとしても上から叩きつけられるだけだ。オセロットは後退する。決め手がほしい。
「──必殺転技!」
 わたしは迷わずにそう叫んだ。山猫の目がきらりと光り、鋭い爪を出す。後退したところで力をため、獲物に襲いかかろうとしたときに、
「必殺転技!!」
 狐の目が私を射抜いた。
「バスターテイル!!」
 激しい連打の後で狐の尾がまるでムチのように大きく振られ、山猫が倒れる。オセロットが横に飛ぶ。横の森の中に突っ込む。
 スタジアムに残って回り続けるのはゼオのフォックスだけだった。


 足の負傷で動けないわたしに代わって、ゼオが森に飛び込んでしまったオセロットを取ってきてくれた。わたしは地面に膝をついたままそれを受け取る。ゼオはわたしを見下ろして言った。
「…フェリス。おまえ、手加減したか?」
「まさか! 完敗よ!」
 わたしは即答した。ゼオは嬉しそうに笑う。
「よかった。」
 やっぱり、悔しかった。練習では何度も勝っていた、と同時に何度も負けていた、良きライバルであるゼオにこの大一番で負けたことが。
 でも、それ以上に嬉しかった。ブレーダーとして勝負に負けて、この大会から降りられることが。わたしはゼオの目を見て言った。
「ありがとう、ゼオ!」
「フェリス。」
 返事はなぜか真顔でわたしを呼ぶことだった。わたしは嫌な予感が胸をかき回すのを感じる。それでもわたしはゼオの目を見ていたけれど、次に何と言われるのかがとても怖かった。
「おれはさ…」
 びくりと肩が震えた。あいぼうを握る手にぎゅっと力を込めて、わたしはゼオを見つめ続けた。
「……。」
 ふいに、ゼオの手が伸びてわたしの頭にぽんと乗る。それがそのままわたしの髪をかき回す。
「わっ、わっ!」
「お礼は、おれとふつうに喋ること! 忘れんなよ!」
「…ゼオ……」
 見ると、ゼオは笑っていた。普段わたしに対してちょっといじめっこみたいになるときの、子供みたいな楽しそうな笑顔だ。ずっと前からずっと見てきた、変わらない表情。わたしはゼオのその笑顔も好きだった。
「…ゼオ…ありがとう……」
 わたしは走り去る背中に小さく祈った。