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「倒しに行くって?」
「ネメシスを!」
「どこに?」
「遺跡に!」
「行っちゃうの、正宗。」
「おう! 行ってくるぜ!」
 いよいよ話がわたしの理解を超えた。正宗が言うには、暗黒の太陽? 破壊神ネメシス? を倒しに、また船に乗って遠くまで行くらしい。
 それにはトビーもゼオもキングもいっしょだという。わたしは反射的に焦ってわたしも行くと言いそうになるが、そもそも立ち上がることすらできないわたしにはそんなの無理な話だった。わたしはいろんな思いと言葉を飲み込んで言った。
「…そう。そっか。気をつけて行って来てね。」
 わたしは至ってふつうに落ち着いてほほえみすら浮かべて正宗を送り出す言葉を口にした、と思うのだが、それに対する正宗の返事は心底驚いたような表情だった。それをわたしが訝しんでいると、今度は何だか安心したみたいな顔になった。
「…なに?」
 正宗は少し照れ笑いをして言う。
「わるいわるい。前みたいに泣かせちまうかと思って。」
 前みたいに、というのは、言わないでも分かる。正宗たちがスパイラルフォースを止めるためにHDシティに行くと言い出したときだ。
「フェリスに泣かれたら困っちまうからさ。笑って送り出してもらえてよかった。」
「な、なによ…」
 あの正宗に歯の浮くようなセリフを言われているというのに、このときのわたしの中にはときめきだとか喜びだとか照れだとか、そういったロマンチックなたぐいの感情はまるで生まれなかった。ただ、あまり触れられたくはない過去の話をずけずけと持ち出され、不満ばかりが表出するだけである。
「もう子供じゃないんだから。そんなことしないわよ。」
 もうあのときのような間違いはしないと心に決めていたのだ。
「そっか。フェリスも変わったんだな。」
「そうよ。かわっ」
 特に他意のない正宗の感想に押されてわたしは頷いた。頷いたあとでがく然とした。
「…かわった……」
「え?」
 思わず口に出して呟いてしまった。
「…わたし、変わったのかな。」
「何言ってんだよ。自分で言ったんじゃねぇか。」
「そ、そうだけど」
 口にした言葉はその瞬間に空気に消えてしまうから、言ったのが自分であろうと何だろうと、誰かが覚えていなければ実在したという証拠はない。
 自分の中に確信はなかったから、わたしは正宗に尋ねた。
「わたし、変わった?」
「んー、オレは変わったと思うぜ! おまえ、会ったばっかのころはすげぇびくびくしてたけど、今じゃそういうのもない。それに何より、強くなった!」
 正宗の正直な言葉ひとつひとつが胸に染みる。わたしは今一度言葉を繰り返した。
「…なれたかな。」
「なれてるって。スフィア360でのバトル、覚えてるか? ほんとーに熱かったよなぁ!」
「………うん。」
 きっとあれはわたしの中で特別なバトルとしてずっと輝き続けるだろう。
「それに、さ。試合のあと、おまえが泣いてるの見たとき。オレは思ったんだ。」
 正宗はいつになくまじめな表情で言った。
「次こそ、勝つのはフェリスかもしれない。」
「…え……?」
「何でか分かんねーけど、そう思った! だからオレは、本当にそうならないようにもっとがんばろうってな!」
「正宗…」
 正宗はまるで太陽みたいに笑った。
「レジェンドブレーダーにはなれなかったけどな。そんなカッコいい称号なんてなくたって、オレはもっともっと強くなって、いつかはぜったいになってやるんだ! 世界最強、ナンバーワンブレーダーにな!」
 ナンバーワン。誰にとっても、とりわけダンジョンジムに通う者にとっては特別な意味をもつその言葉を口にする正宗の目は、わたしがずっと見てきた、ずっと好きだと思い続けてきた、大好きな正宗の目だった。自分のゆく先にある勝利を絶対に疑わない、そんな強い目だ。昔から今までその目はずっと変わらない。わたしはその事実が嬉しくて、思わず泣きそうになってしまって、それをごまかすようにして胸のうちを明けた。
「…な、なれるよ! 正宗なら、きっと!」
「バーカ!」
 しかし返ってきたのは、思いもしなかったそんな心ない言葉。
「えぇっ?」
「そんなの当たり前だろうが!」
 ひとたびショックに横っ面をはたかれて、今度は正宗の力強い言葉に反対から叩き直された。わたしはまじまじと正宗を見つめた。
「で、おまえはそんなこと言ってるだけじゃだめだ! 自分がなってやるんだ、ってくらいでいないと!」
「えぇ…? べ、別にわたしは、構わないよ。ナンバーワンなんて柄じゃないし、正宗がなってくれればそれで…」
「よくなーい! おまえ、そういうとこ相変わらずだな…。いいかフェリス、男なら目指すのはナンバーワン、ひとつだけだ!」
「わたし、男じゃないし。」
「細かいことはいいんだよ!」
 何だか理不尽な突っ込みだったけれど、そんなときでさえ、このささやかなやりとりがあまりに幸せだったから、わたしはそんな正宗こそが好きなのだと改めて感じてしまう。
 そんな正宗こそが、いつまででもわたしのナンバーワンなのだ。
「それに、正宗がナンバーワンになってくれたほうが楽しそうじゃない。ナンバーワンブレーダーといつでもバトれるなんて最高だなあ。」
「ん、そ、そうか? 確かにそうだな!」
「あ、でも、ナンバーワンになっちゃったら、正宗は忙しくてわたしなんかとはバトルしてくれないかも?」
「そんなわけねぇだろ! フェリスは特別だ、いつでも呼んでくれたらバトりに行くぜ!」
「楽しみにしてる。」
 そうしてたわいない会話を楽しんでいたら、トビーとゼオが部屋に入ってきた。要するに出かける準備をするあいだに正宗がわたしに連絡する担当になっていたらしいのだが、そこであまりに長居するものだから二人とも準備を終えてしまって正宗を呼びに来たらしい。
「ぱぱっとフェリスに連絡してくるって言ったのは、どこのどいつだよ…」
 扉の隣でゼオがぼやく。
「ごめんね、ゼオ。わたしもずいぶん正宗を引き止めちゃったから。」
「で、愛の告白はちゃんとできたか?」
「は…?」
 その爆弾発言でわたしは固まった。ゼオは何でそんなところにいるのかよく分からないけどたぶんかっこつけているんだろうけどやっぱり扉の付近に立っていて腹立つくらいに分かったふうな顔をしてわたしを斜め四十五度くらいの角度で見ている。あろうことか正宗の前で、しかもトビーもいる前で、わたしは何と答えたらいいのか分からずえーととかうんとか唸っていた。
「ゼオ。女性にそういう質問をするのはちょっと頂けないな。不躾だよ。」
 ここで助け船を出してくれたのはトビーだった。わたしは言葉にはできなかったけれどトビーに全力で感謝した。
 ゼオは相変わらずのかっこづけ顔で、
「はは、悪かった。ちょっとからかってみただけだよ。」
 とか何とか言っている。それで何とかこの場は収まった、ように思ったら、
 問題なのは肝心の正宗のほうで、正宗は変な対抗心でも燃やしてしまったのか、
「ふ、ふん。愛の告白とかいうんだったら、ゼオのほうが先なんじゃねぇの?」
 だなんて言い出したのである。わたしはこれにはまた違う方面から衝撃を受けて固まった。なんでそんな発想に行きつくのか、まるで謎である。さすが正宗。
 しかし言われたほうのゼオはまったく揺らがないようすで、やはり扉の付近に立ったまま。
「愛の告白って。誰に。」
「フェリスに。」
 余裕たっぷりのゼオとむきになって話す正宗を、わたしははらはらしながら見守る。
「した。」
「へ?」
「もうした。」
「は?」
「もうとっくにしたってんだよ。」
「な、何だってぇ!?」
 まさかそこでゼオが本当のことを正宗にも分かるかたちで言ってしまうとは思ってもいなかったので、正宗は頭を抱えて叫んだがわたしも同じようにしたい気持ちだった。
 ゼオはいったいこの場をどうしようというのだろう。正宗は声を荒げた。
「オレは知らなかったぞそんなの!」
「だって言ってねぇもん。」
「なんで言わないんだよそんな大事なこと!」
「なんでいちいちおまえに言わなきゃなんねーんだよ、ボケ。子供かっつーの。」
「そ、そりゃそうだけど! オレたち友達だろ!」
 ともだち。まさに子供みたいに喚く正宗の発したその単語にゼオは実に気をよくしたみたいだった。にやりと笑って繰り返す、「友達ねえ」。
「いつまでもそういう甘いこと思ってると、痛い目見るぞ。」
「な、なにぃ!?」
 そして正宗がさらにゼオに食ってかかろうとしたところを、
「はーい、そこまで!」
 トビーが止めた。トビーは正宗はもちろんゼオよりも背が高かったから、二人の頭を一つずつ両手で押さえ込んで発言を封じる。
「二人とも、盛り上がるのもいい加減にしないとそろそろ──」
「おいみんな! 急がねぇとヘリが飛んでっちまうぞ!」
 ここぞというタイミングで部屋に駆け込んできたのはキングだった。もう完全に出発の準備は整ったらしい。
 そのことで単純な正宗は慌て、トビーの手から抜け出して走り出す。部屋を出る直前にこちらに振り向いて「行ってくるからな!」と言ってくれたからわたしは手を振って「いってらっしゃい」と送り出した。正宗はキングと競うようにして廊下を走って行った。
「じゃあね、フェリス。」
 そしてゼオと連れ立ってトビーが出て行く。わたしは二人に声をかけて手を振った。最後に部屋を出るゼオが扉を閉める直前にわたしを見たので、わたしは、
「(なんであんなこと言ったのよ!)」
 と言うつもりでゼオを見返した。正確にでなくともある程度は気持ちが伝わったのだろう、ゼオはわたしに、ちょっといじめっこみたいになるときのいつもの表情だけを返して、今度こそ本当に部屋を出て行った。
 わけが分からなかった。だけど少し分かった気がした。
「(ゼオのばか…)」
 そこは無理に変えようとしなくたっていいところじゃない!





「はこにわのそとがわ」終