正宗がフェリスのもとに帰って来た日。さっそく二人はさっそくバトルをした。
 その後、ジムに向かって道を歩く。正宗はバトル直後からずっと興奮しきりだった。
「ほんと強くなったなフェリス! 驚きだぜ!」
 そしてこのセリフもずっと続くものである。フェリスはいいかげんおかしくなって、小さく笑って言った。
「それ何回目なの、正宗。」
「だって驚いたんだよ! いや、確かに前からその気はあったけど、まさかここまで強くなるなんて…」
 正宗にはまるで予想もつかないことだった。過去を少々振り返ってみれば、確かにトビーはフェリスの成長を予言していたような気もするし、コーチに怒られはすれど褒められることだってあったし、へたなのに練習はがんばっていたし、バトルの最中にはっとさせられることは正宗にもよくあった。けれども、ここまでの成長は正宗にはとても予想できなかった。いやきっと誰にも、それがトビーであっても、無理な話だろう。
 フェリスは少し背伸びしたふうに言った。
「そんなふうに思わせられてよかった。がんばって練習したのよ、わたし。」
「そうなんだろうなー。ゼオもフェリスも変わったんだなー。」
 正宗の何気ないセリフにフェリスはぴくりと唇を震わせた。変わる、という言葉は、フェリスにとっても彼にとってもただではいられない特別なものなのである。
 フェリスは平静を装って言った。
「……そのとおりだよ。正宗がいなくたって、みんなの時間は進んでるんだから。」
「そうだな…。」
 正宗は根本的なことには何も気づかずに、ただ表面上の感傷に浸って余韻を残す。フェリスは早くそれを断ち切りたくて、新しい話題を提供した。
「そっか、ゼオにはもう会ったんだね。強くなってたでしょ、ゼオ。」
「ああ、それにもびっくりした! でもそれと共に嬉しいぜ! あいつはオレの、正真正銘のライバルだ!」
「と、なると、やっぱりわたしが最後かあ。でも、よかった。」
「よかった?」
「他のみんなには、もう会えたんだなって。真っ先にトビーでしょ、次にダンジョンジムでしょ。ゼオにはたぶんその途中で会ってる。」
 フェリスは正宗のたどった道筋を想像しながら、指折り数えてあげ連ねた。
「すげーなフェリス、そのとおりだ。さすが猫の目。」
「へへ。」
「でも、トビーな、ゼオが他の病院に移しちまったんだぜ。ひでーよな。」
「そうなんだ! わたし知らなかった。
 でも、ゼオにはきっとゼオの考えがあったんじゃないかな。」
 フェリスはそうは言ったが、なんだか声がわざとらしくなってしまった気がしていた。そんな彼女の不安にも全く気付かず、関係のないところで正宗は絶句する。
「…………」
「ど、どうしたの正宗。」
 それがフェリスの不安をより濃くしたわけだが、結果は結局、彼女が心のどこかで予想していたとおりのものとなった。
「すげーな、それもそのとおりだ。」
「そっか。」
 正宗はただフェリスの観察眼に対し、いつものように感動したのだった。そしてフェリスはそれに対し、当然のように、小さく相槌を打つだけだった。

 話しているうちにジムについた。その頃にはもうすでに正宗の日本での仲間もジムにいる、当然のように。
「そうだフェリス。こいつら、日本でのオレの仲間。こいつが――」
 明るい声で紹介を始めようとした正宗を遮り、フェリスはにこやかに発言した。チームガンガンギャラクシーの面々を見回しながら。
「うん、知ってる! 鋼銀河選手でしょ。大鳥翼選手に、天童遊選手。サポートの天野まどかさん。それから……」
 フェリスはチームガンガンギャラクシーの面々を見回していったから、最後に、正宗を見る。
「角谷正宗選手。」
「へへっ。なんか照れるな。」
 フェリスは今一度日本での正宗の仲間に向き直って軽く会釈をした。
「こんにちは。フェリス・シルヴェスティアです。」
「こんにちは! びっくりだぜ、正宗に女の子の友達がいたなんて…」
 まず初めに銀河が、そして翼が遊がまどかが、それぞれにコメントを残しながら、友好的にフェリスと握手していく。そのあとで正宗が銀河に声をかけた。
「おう銀河。それよりこいつとバトルしてみろよ!」
「え……?」
「いいだろ? 肩慣らしだと思ってさ。」
 正宗は軽く言ってしまうが、銀河には不安なのだった。こんなおとなしそうな子相手にいいのだろうか、という念がまっさきに立つのである。
「よろしくお願いします。」
 けれども当の本人、フェリスという名前の「おとなしそうな子」がぺこりと頭を下げるものだから、銀河は勝負を受けるしかなくなってしまうのだった。正宗の友達だというのだから、もしかしたら強いという可能性もあるのかもしれない。
「ジムじゃ狭いな。外出てやろうぜ。」
 と、正宗が言い、一行は建物の外へ出る。少し歩いて、正宗が昔、友といっしょに練習した場所へと移動した。
 バトルをする銀河とフェリスが向かい合い、互いにランチャーを構える。そのときになって、正宗が思い出したように口を開いた。
「あっ、言っとくけど銀河。」
「なんだよ。」
「スリー!」
 それでもバトルは始まった。場にいたみんなでカウントの声をあげる。
 そこで銀河は、正宗の突然の声かけに反応しなかった意識の一部分で疑問を抱く。フェリスの声が変わった。
「ツー! ワン!」
 そのような疑問にも正宗の介入にもとらわれずに、一度始まったカウントは進む。そして最後の決まりの掛け声。
「――ゴーシュート!!」
 疑問だろうが何だろうがシュートは全力で行う。銀河は力いっぱい腕を引いて、フェリスも同様で、二人のベイが何もないスタジアムに射出された。そしてそのタイミングを見計らったかのように正宗が一言。確かにこのとき銀河の疑問は濃くなっていた。フェリスの声がやはり違った。
「女だからって舐めてかかると、痛い目見るぜ。」

 バトルの外でも物事は進む。まどかは早々に愛用のモバイルパソコンを取り出し分析を始めた。画面とバトルとを見比べながら解説していく。
「レイオセロットM14TSF。バランスタイプ。初めて見るベイね。ウィールにもトラックにも特に変わったところはないようだけど……。」
「オセロット!」
「ペガシス!」
 両者がそれぞれのベイの名前を呼んで、ファーストアタックがなされた。その後その場に踏みとどまったのは銀河のペガシス、飛ばされたのはフェリスのオセロットである。
 くるくると回転しながら宙高く飛んだオセロットが着地したところを狙って、ペガシスがもう一打撃。また飛ぶ。宙高く。また着地、また飛ぶ。
 そのようすを見て、遊がつまらなそうに肩をすくめた。
「なーんだ。ぜんぜん大したことないじゃん。おどかさないでよ正宗。」
 その発言のあいだにもオセロットはよく飛ぶ。おおげさなまでによく飛んだ。ペガシスの打撃は続けざまに行われ、容赦はない。またオセロットが飛んだ。
 しばらくその繰り返しで時間が流れる。何度も何度も繰り返されるパターンを見て、翼がようやく眉をひそめた。
「…いや、おかしい。あれだけ攻撃を食らっているというのに、オセロットには消耗がまったく感じられない。」
 その言葉を受け、まどかが新たな観点からモバイルパソコンの操作を始める。ほどなくして一声。
「ほんとうだわ。オセロットのスタミナがぜんぜん減っていない! どういうこと……?」
 まどかはカタカタとキーボードを操作する。その音の中にベイとベイがぶつかる音があり、着地する音はあまりせず、またそのあとでぶつかる金属音が。
「あっ! トラックに秘密があるんだわ。
 この複数構造の柱がバネの役割をして、着地時の衝撃を最小限に抑えているのよ!
 上部に特徴がないのが特徴ね。下部に重心を作っているから、あれだけはでに動き回ってもバランスが崩れない。きっとあれはあえてあんなに飛んでいるのね。それでアタック時のダメージを逃がしているんだわ。」
 その解説を聞いていた銀河は言った。
「それなら、受け流せないくらいのダメージを与えるだけだぜ!」
 途端にペガシスの動きが鋭いものになる。天馬は地を蹴り速度を増し、そして山猫はその攻撃を軽やかに避けた。
 その場にいた正宗とフェリス以外の誰もが、突然の変化に驚愕する。
 フェリスはまっすぐに銀河を見据えて言った。高らかに相棒の名前を呼ぶ。
「爪研ぎは終了ね。オセロット!」
 オセロットの動きが変わった。山猫のようにすばやく、静かに、ペガシスめがけて走る。
「敵を狩るのによけいな動作はいらない。気取らせず、防がせず、一撃でその喉笛を切り裂く。」
 オセロットの山猫の爪はペガシスをとらえ、たちまちに弾いた。今度はペガシスが飛ぶ。
「速い!」
「いいえそれだけじゃないわ。さっきまでの攻撃で、ペガシスのスタミナが消耗しているのよ! 攻撃が鋭いということは、それだけベイ自身にかかる負荷も大きいということ。ペガシスは自分で自分を追いつめていたようなものだわ。」
「だが相手はバランスタイプ。攻撃力はアタックタイプのペガシスにはとても敵わないはず…」
 冷静に言葉を続けた翼に対し、遊は言葉でもって切りつけた。
「の、わりにはけっこうぐらついてるけど?」
 オセロットがペガシスを攻撃する。ペガシスが力負けし、飛ばされる。銀河は頭を抱えて声をあげた。
「何でだあっ!?」
「ベイの性能に頼るだけが、ベイバトルじゃないでしょ!」
 フェリスはそんな銀河に声をかけた。オセロットの攻撃は止まらない。
「ベイの性質をよく知り、ブレーダーがそれらを最大限に引き出してあげる。わたしには見えるわ、どこを攻撃すれば最も効果的なのか、」
 下から救い上げるように。
「いつ攻撃すればダメージが最大になるのか、」
 ペガシスが向きを変えた瞬間に。
「――ペガシスッ!」
「そして相手の攻撃に対しどのように行動するのが最善なのか。猫の目は何事も見逃さない。」
 反撃に転じようとしたペガシスの突進を、オセロットは少しだけその身をずらして受け流した。フェリスの青い目はバトルをじっと見据えている。
「鋼銀河、あなたの実力はこんなものじゃないでしょう。竜牙選手と戦ったときの力をわたしにも見せて!」
 正宗を魅了した力を! フェリスの心の叫びは誰にも届かない。
 銀河はフェリスを見て、自身が不利になった戦局を見て、そして小さく笑い声を漏らした。すぐに大きくなる。楽しくてたまらないとでもいうように銀河は笑う。
「そうだな……そうだ、俺だってまだまだこんなもんじゃない。いくぜ、フェリス!」
「受けて立つ!」
 天馬は駆ける。山猫は迎え撃つ。そして繰り出された攻撃を、今度はオセロットは受け流すも衝撃を緩和すもできなかった。
「あれ、攻撃が利いてる?」
「……なるほど、上からの攻撃か。さすが銀河、やるなー。」
 まどかがパソコンから答えを得るよりも先に、正宗がのんきに発言した。翼がすぐに補足する。
「そうか、上から下に押し付けるように攻撃をすれば、横にずれて受け流すことも、飛んで衝撃を逃がすこともできない。」
 空飛ぶ翼をもつ天馬は軽やかに駆け、上方向から山猫を狙い撃つ。
「そう、そのとおり。オセロットの戦略に対する方法はいくつかあるけれど、これはそのうちの有力なひとつだわ。」
 フェリスは言った。
「だけど、山猫にも大地を蹴る脚があることを忘れないで!」
「跳んだっ!」
 オセロットはペガシスとほぼ同時に高く跳び、空中攻撃をしかける。高く高く、どこまでも高く。
「うおおおおおっ! ペガシスっ!」
 しかしついにはペガシスがオセロットを振り切った。制約のない空の中天馬は高く飛び、ひときわ強く輝いた。重力に従い落ちゆく山猫を狙い撃つ。
「オセロット!」
「空中なら無防備だぜ! 必殺転技! ペガシス、スターゲイザー!」

「――くやしいっ!
 鋼銀河、つぎは必ず勝つ!」
「おう! 望むところだぜ!」
 フェリスはベイをしまいランチャーをしまった。そのとたんに目が変わったのを銀河は見逃さなかった。
 気弱でおとなしそうな少女は小さく言う。
「……負けちゃった。わたしだって、強くなったと思ったのに。」
 銀河はその変化に戸惑いながらも、熱いバトルをしたブレーダー相手にブレーダーとして発言した。
「いや! きみも大したもんだぜ。勝つか負けるか分からなかった、熱いバトルだった。」
「…ほんとう……?」
「ああ。楽しかったぜ! またやろうな!」
 輝かんばかりの銀河の笑顔に、落ち込んでいたフェリスの表情も明るいものになる。
「……うん! 次はぜったいに勝つから!」

 日も傾きかけた時分、銀河たちガンガンギャラクシーは帰路へとついていた。
「あー、今日は楽しかったー! 熱いバトルだったぜえ!」
「レイオセロット……興味深いベイだったわね。それを扱うフェリスも相当の腕だったわ。」
「まさか正宗にあんなかわいい友達がいたなんてねー!」
 にやにやと楽しそうに笑う遊の発言はその裏にたっぷりと意味を含んでいる。しかしもちろん正宗はそれらのすべてに気付くことなくこう答えるだけだった。
「ああ、オレの妹分みたいなもんだ。最初はスゲーへただったのにさあ。いつのまにかあんなにうまくなっててびっくりだぜ!」
 遊の至極つまらなそうな表情をよそに、まどかが呆れて溜息をつく。
「やっぱり正宗は正宗よね。」
「また明日もジム行こうな! やっぱダンジョンジムは楽しいぜ!」
 正宗は実に楽しそうに腕を振り回す。それに答えてみんなで笑って、その日は終わってまた明日がくるのだった。