HDアカデミーの作った街が空を飛んだとき、わたしは地上からそのようすを見た。
 正宗とトビーとゼオを乗せて、その街は頭上を飛んでいた。
 何も(わたし自身でさえも)信じられなくなっていたわたしは、その街が三人をつれてそのまま宇宙の果てまでいってしまうような気がしていた。
 科学のすごい力で外見も性格も変わってしまったトビーを元に戻す術があるはずがない。自分の意志ですべてと袂を分かったゼオが帰るはずがない。自然すら消滅させてしまう科学のすごい力に正宗が敵うはずがない。
 もうぜったいに誰も帰って来ない。そうならないように必死になって引き留めてきたのに、結局わたしはひとりになってしまった。そう思っていたのである。
 それなのに、今、わたしの前に三人はいる。正宗とトビーとゼオが仲良しでいる。ぜんぶ失くしたと思ったらぜんぶ帰ってきた。
「夢みたい……。またこうやって、三人とお話できるなんて。」
「…………。」
「ぼくもだよ。一時はどうなることかと思ったけれど、また会えてよかった、フェリス。」
「トビーの病気も治って、すっげー良い結果だよな!」
「もう身体はだいじょうぶなの? ベイバトルもできる?」
「…………。」
「うん。何だか慣れなくて変な感じはするけれど、快調だよ。」
「それもこれも、オレとゼオががんばったおかげだぜ!」
 そしてここで正宗とトビーがゼオに向き直って、何だか面食らったような困ったような顔をするゼオに、「なーっ、ゼオ!」と、実に楽しそうに呼びかけたのだった。
 それに対してゼオは言葉を濁す。
「お、おう…」
 うれしい気持ちだったけれどわたしも困った。
 正宗とトビーとゼオの三人とは別に、わたしとゼオの問題はここにある。それはどうごまかしたってごまかしきれない事実だ。
 三人というのは正宗とトビーとゼオなのだから、ゼオがここに来て当然といえば当然なのだけれど、どうやって正宗とトビーはゼオを連れて来たのだろう。どういうつもりで連れて来たのだろう。ゼオはどうしたいのだろう。
 わたしはどうしたいのだろう。
 どうにかしたいという気持ちはこころにあるらしかったが、どうすればよいのかは分からなかった。少なくとも今この場で正宗とトビーを挟んでゼオと会話することはできない。
 わたしはこころの一部分ではじれったい思いだった。外を見ると日が傾いていた。
「そうだ、よかったら、三人ともうちでごはん食べていって!」
「えっ、いいのかフェリス!」
 真っ先に目を輝かせたのは正宗だった。フェリスの料理うまいもんなーとうれしいことを言ってくれている。トビーもにこにこと笑って賛同してくれているようだ。
 しかしここでゼオが正宗の頭をはたいた。
「こら、正宗。考えてもみろ。フェリスは今、ジムにまた通うために金ためてんだぞ。」
「あ……」
「そうなの?」
 そこまで気が回らなかった正宗と、事情を知らないトビーがそれぞれに反応した。
「そうなんだよ、トビー。こいつ、おまえが入院してしばらくしてからジムに来られなくなったんだ。」
「そうだったんだ。」
 何も知らなかったトビーは少しだけ寂しそうに目を細めた。
 ゼオがわたしを見てわたしに言う。
「気を遣ってくれるのは嬉しいけど、無理すんなよ。まずジムが先、だろ。」
「あ…うん……」
 それはそうだけど、もともと家族の多いうちでは三人くらい増えたって大した痛手じゃないし、削るのはわたしの食費だし、三人と楽しい時間を共有できるのならまったく構わなかったんだけどな。言いわけが頭をテロップ状に流れる。
 けれどもゼオにそう言われてしまっては口答えすることもできず、わたしは少し落ち込んで頷いた。
「じゃあそろそろ帰ろうぜ、二人とも。」
「ちぇっ。なーんだぁ。」
「しょうがないよ、正宗。フェリスに早くジムで会いたいだろ?」
「そうなんだけど。それならしょうがないか。」
 確かに、今ここで三人は早く帰ってしまうかもしれないけれど、その分わたしはジムでの三人に早く会いに行くことができるかもしれない。その可能性を思ってわたしは元気を取り戻そうとした。
「うん。残念だけど、がまんするよ。」
 無理して笑って、わたしは三人を玄関まで見送った。
「また来てねみんな。」
 わたしは立ち去ろうとするみんなに事務的に手を振った。こころはちょっとだけ重い。
「じゃーな!」
「グッバイフェリス!」
 夕焼けの中で正宗とトビーがわたしに手を振ってくれる。
 そして、
「またな、フェリス!」
 ゼオが。
 ゼオが手を振ってくれたのだった。
 初めて会ったあの日に、わたしの不安をぜんぶ拭ってくれたみたいに。表情も笑い方もあのときとはまるで違ってしまっているけれど、確かに変わらないものを隠して。
 わたしにはそのことがうれしかった。あんなにひどいことを言って傷つけてしまったのに、また会おうとゼオが言ってくれる。
 わたしのこころは浄化された気がした。またジムへ行ったとき、あのときみたいに、ゼオにも笑顔であいさつできる気がした。
 わたしはほんとうの笑顔になって、ゼオに手を振り返した。
「またね、ゼ…」
「なに言ってんだよ、ゼオ!」
「きみは立ち去るにはまだ早いだろう。いつ切り出すのかとずっと待っていたのに、結局こんなところまで来てしまって。もうがまんならないぞ。」
「え……?」
 わたしの見ている前で、夕焼けをバックにゼオは正宗とトビーに両脇をがっちりと固められた。ちょっとした抵抗もむなしく、正宗は小さかったけれどトビーは大きかったのでこちらまで連行されてしまう。
「ちゃんと仲直りしろよ!」
「でないとぼくはきみを許さないからな。絶交だ。」
 ゼオが放されたのは両側からの忠告のあとだった。わたしとゼオとを残して二人は歩いて去っていってしまう。
「…………。」
「…………。」
 えー絶交なんてトビーそこまで言うのかよー! とかいう正宗の声がだんだんと小さくなってゆく。
 そうしてわたしは、暮れなずむ景色の中、ゼオと二人でこの場に残された。わたしが二度と顔も見たくもないとまで言ったゼオと。