日が沈む中、ぽつんと二人で立ち尽くす。人気がどこにもなくて、まるで世界にたった二人で取り残されたみたいだ。
何を言ってもまちがっている気がして、何を言ってもゼオを傷つけてしまう気がして(だからこそあのときわたしはゼオを傷つけてしまったのだろう)、言葉が出ない。
ゼオはどうだろう、ゼオは。わたしは背の高い暗い赤毛の男の子をちらりと見上げた。
そのとたんにゼオと目が合って、わたしは慌てて顔を背けた。
「……ゼオは…」
何かを話さなきゃ! そんな義務感に押されて言葉を選ぶ。ゼオを再度見る。
「わたしのこと、あのとき、ほんとうに好きだった?」
この質問が果たして何の役に立つのかよく分からなかった。わたしは平静を装ってゼオに尋ねた。ゼオは短く答えた。
「……いや。」
「そう。それなら、よかった。これでおあいこだね!」
何の役に立つのかはよく分からなかったけれど、わたしはこれを、この気持ちを、どんな形ででもゼオに言わなければならないような気がしていた。
もしかしたらそれでゼオを傷つけることになるのかもしれない。けれどもそうしなければ、すなわちゼオを傷つけでもしなければ、わたしたちは前には進めない。
「わたしもあなたのこと、ほんとうにそういう意味で好きだったんじゃないもの。きっとどこか病気だったのね。」
そしてこれは、言わなくてはならないというより、ぜひとも言いたい気持ちだった。別に、ゼオのことを思って、とか、そんな優しい理由からではない。ただそれでわたしが救われるような気がしていたのだ。
わたしはゼオだけを見てゼオに向けてわたしとゼオのために言葉をひとつずつ重ねた。
「でもね、ゼオ。わたしはゼオのことが大好きだよ。すごく大切。」
「……ああ。おれもだ、フェリス。」
そんなずるいわたしなのに、ゼオはそう返してくれた。わたしのことを見て言ってくれた。薄暗い中で優しくほほえんで言ってくれた。
わたしは胸の奥から何かがこみ上げてくるのを感じた。鼻がつんとしみて痛くなる。
「…ごめんね……。」
わたしはわたしのすべてを振り返りながらゼオに言った。
「役に立ちきれなくてごめんね。最後の最後でわがままを言ってしまってごめんね。傷つけてしまってごめんね。わたしのせいで、いっぱいいっぱいつらかったでしょ。なのに、ごめんね。謝ることしかできなくてごめんね。」
「いいんだよ、フェリス。謝らないでくれ。困る。」
子供みたいにただただ謝るわたしにゼオは優しくしてくれた。頭をぽんぽんと撫でてわたしの望む言葉を言ってくれた。
「…うん……」
「おれがフェリスにひどいことしたのには、変わりないしさ。そのあやまちはこれからずっと消えないんだと思う。」
「そんなことない!」
わたしは力いっぱい言って首を振った。
「そんなことないよ。わたしはゼオのこと恨んでなんかいないもの。わたしはゼオのこと好きだよ。」
「………そうだな…それでも…」
ここでゼオは言葉の続きをしまってしまった。それがゼオの意志だというのなら、わたしにはそれを問うて引き出すことはできない。
「いや、何でもない。」
わたしは改めて言った。
「よかったら、ゼオ。これからもわたしのそばにいてくれる?」
ゼオは答えた。今まで誰にも言わずにいっぱい苦しんできたゼオは、それでも今やっと居場所を取り戻したゼオが、答えた。
「もちろん。おまえはどうだ、フェリス。」
わたしもわたしの居場所がほしいと今でも思う。それがどこにあるのか未だに分からない。わたしはそれをずっと探し続けることになるのだろう。
それでも、わたしがいてもいい場所のひとつはここにある気がした。
「もちろんだよ。これからもよろしくね、ゼオ!」
「ところで。ついにわたし、正宗にふられちゃった。」
ゼオは少し驚いたような顔をしていた。けれどもすぐに順応して、いつもそうしてきたように答えてくれる。
「いや…正宗のは、そういうことじゃ…」
「そういうことじゃないってことは、そうとは見られないってことでしょ。わたしはそういう対象にはならなかったの、正宗の!」
つまり、お話にならないということだ。わたしに女らしさが足りないのかもしれない。わたしに色気が足りないのかもしれない(正宗がそっちに興味があるのか知れないけれど)。
ゼオは少し迷うように唸って、かつてのように真摯にアドバイスしてくれた。
「……ううん…確かにそうかもしれないけど。もうちょっと分かりやすく説明してやれば、きっと分かるだろ。」
「うん。かもしれないね。でもいいの。そんなことしたって、正宗を困らせるだけだし。
わたしはベイにがんばる正宗が好きだから、振り向いてもらえなくても、いいの!」
いつかは公園のベンチに座って相談した。ブランコに互いに座っていたこともあった。たいていそれは昼間、ジムの昼休みの時間だった。
けれども今は夕方、それもほとんど夜の時分である。かつてはよく見えていたゼオの顔も少し見づらい。わたしの顔も、きっとゼオにはよく見えないのだろう。
「……それでいいのかよ。」
「いいの。でもいつかは振り向いてもらえるかもしれないでしょ? いつかはわたしがベイバトルで正宗に勝てるかもしれないように!」
「途方もない話だな。」
「でもいつかはきっと実現するよ。ううん、させてみせる! 努力はけして裏切らない!」
勇みに勇んで拳を握ったけれど、不意にわたしのこころに今の時間帯みたいな薄暗い闇が差した。
わたしが目指すものは遠くてゼオの言うとおり途方もない。いつかがいつかは分からない。どんなに強がって見せたところで、やっぱりちょっとだけつらいのだ。
そんな、恋路におけるどうしようもないつらさをいつも支えてくれたのが、わたしにとってのゼオだった。
ゼオは言った。
「いつかさ、おまえがおれに聞いたろ。ゼオは誰かに恋したことがあるかって。」
「うん。」
なぜ突然その話をするのだろう。わたしは疑問にわずかの期待(正直なものである)を混ぜながら頷いた。
「今教えてやるよ。答えはイエスだ、おれはある。」
「そうなの!」
その告白の瞬間、わたしの中のゼオの像がただの現象として崩れた。
「……びっくりしたあ…。ねえ、それは片思い? 両思い? ガールフレンドがいたりするの!?」
だってゼオはハンサムなのだから。優しくて頼りがいがあって、そんなすてきな男の子にそういう女の子がいないはずがない。
だけど返ってきたのは予想外の答えだった。ゼオは暗闇の中で肩を落としているように見えた。
「…完全な片思いだよ、おれの。相手は気づきもしない。」
「へえ……そうなんだ。意外……」
ゼオは改まって言う。
「まあ、さ。恋って大変だろうけどさ。大変じゃないことって他にはあんまりないし。おれもがんばるから、おまえもがんばれよ。」
そこでやっとわたしはゼオの唐突なお話のわけを理解した。それをきっかけにしてゼオの優しさに触れて、わたしはみるみるうちにうれしくなっていく。自然に表情が笑顔になって、わたしは力いっぱい明るい声で言った。
「……うん! ありがとう、ゼオ!」
わたしは言った。
「ありがとう。ほんとうにありがとうね、ゼオ。」