「おはよう正宗!」
「おはようトビー!」
「おはようゼオ!」
 おはようおはようおはよう。通り過ぎたひとみんなにあいさつしていって、わたしはジムの奥の壁に貼ってある今日の練習メニューを見る。内容を確認してまず最初のメニューに取り掛かろうとしたところで、正宗とトビーとゼオの三人が座り込んで輪を作って話し込んでいるのが視界に入った。
 それがなんだか気になった。わたしはつかつかと輪に歩み寄って中を覗き込んだ。
「ねえねえ何の話?」
 最初に顔を上げて答えてくれたのはトビーだった。
「日本へ行けたらって話だよ。」
「日本!」
 もうすっかりその国はわたしの大好きなところになっていた。名前を聞くだけでなんだかわくわくする。
 ゼオと正宗が楽しそうに会話を続けている。
「行ったらどうする? 日本ならではのものを楽しむのも良いけど、やっぱり、ベイブレードだよな!」
「銀河もいるぜ! まず倒しに行こう!」
「倒せるのかなあ。強敵だろ?」
「勝つまで挑戦あるのみだ。ぼくたちチームダンジョンで挑みに行こう!」
 話を聞いているとさらにわくわくしてくる。わたしはのどまで込み上げてきた楽しさをそのまま言葉にした。
「わー、楽しそうだね、楽しそうだね! いいなあ。すてき!」
「だろだろ? 世界大会に出てなくても強いブレーダーはいっぱいいるんだぜ。ベイパークだってたくさんあるし!」
「うんうん。テレビで見たことあるよ! 人がたくさんいた!」
「日本はベイ人口も一番多いからね。それだけ施設もたくさんあるんだろう。」
 わたしは立って、三人は座って、会話をする。楽しそうに話す三人を少しかがんで覗き込むような形になって、それでも三人は輪をひとつ開けてわたしも仲間に入れてくれて、そうしてなされる会話がほんとうに楽しかった。
 まだ行ったことのない土地に思いを馳せる。日本のブレーダーとわたしはバトルしたことがある。でも彼ら以外にもたくさん、たくさんベイブレーダーがいるのだ! わたしは日本へ行けばもっと熱いバトルがたくさんできるだろう。
 わたしが日本へ行く。それは夢のような話だった。考えるだけでわくわくした。
「だったらそのときはさ、フェリスもいっしょに来ないか?」
 わたしは思わず耳を疑った。トビーがかわいい顔してとんでもないことを口にした。
「え?」
「おまえも見たいだろ、オレたちと銀河とのバトル!」
「それにフェリスだって、日本のブレーダーとバトりたいだろ。」
「うん……そうだけど。」
 少し前に正宗ともほんの一瞬だけそのような話をしたけれど。でもまさか、わたしが、しかも正宗とトビーとゼオといっしょに、ほんとうに行くだなんて、日本に。
 それはふわふわとして掴みどころのない、あらゆる意味での夢のような話だった。
「日本……かあ。」
 いつだったか、正宗とその話をしたときは、正宗がすぐに違うことに目を奪われてしまったから、すぐに話は流れてしまった。けれども今は違う。三人はもともと現実を見て話をしていたふしがあったようだし、ここには良心的なトビーがいた。現実的なゼオがいた。わたしの目の前に、ひとつの選択肢として「日本行き」のチケットがぶら下がる。
 わたしがぼんやりと考えているとコーチがやって来た。正宗とゼオがまっさきに慌てて練習に戻る。トビーは静かに立ち上がって、「また今度話そうね」と言い置いて自分の練習を始めた。そして残されたわたしも。
「(日本かあ。)」
 こころの中で、ずっと憧れていた名前を口にする。日本。正宗の生まれた国。正宗が惹かれたブレーダーがいる国。
 そこに行けばわたしはもっともっと強くなれるかもしれない。いろんな経験をして、人として、ブレーダーとして、より上にいくことができるかもしれない。
 そして、そこは正宗の生まれた国だ。正宗の見たこと、正宗の知っていること、いろんなことに触れてみたい。そう思うわたしもいた。
 けれども。ひとつ思い出がよみがえる。わたしがかつて、三人に缶での競争に誘われて、そこで断ってしまったことだ。あのときもいろいろな思いがわたしの中をめぐって、最終的にあの決断がまちがいだったとは思わないけれど、少なくともそのときのわたしはしあわせではなかった。
「日本、日本……」
「ようブラザー。そんなに気になるのか、日本が。」
「ゼオ。」
 シャドウシュートをしていたらゼオが来た。わたしは一日の始まりとしてこれをやっているだけだったけれど、わたしより早くにジムへ来ていたゼオは違う。アレンジ(と、いうシステムがあったらしい)の影響から抜けたゼオは、またブレーダーとして一からやり直しているため、こうした基礎練習の占める割合が多いのだ。
 いつだったか、わたしがまだまだ初心者だったときにしていたみたいに、シャドウシュートの片手間でゼオと話す。
「気になるよ。だって日本だもん。正宗が鋼銀河に恋をして、海を越えてまで行ってしまった国。」
「恋って……」
 ゼオは苦笑した。
「日本か。ゼオは行きたい?」
「もちろん行きたいさ。おれも鋼銀河に挑むんだ。竜河とも再戦したいし。そう言うフェリスはどうなんだよ。」
「うーん……。行きたい、はずなんだけど。」
「けど?」
「なんだか信じられない。わたしなんかが、ほんとうに、いいのかな。」
「別に、いいも悪いもないだろ。フェリスが行きたいか行きたくないかだ。」
「うん……そうだね。」
 わたしは隣のゼオを見上げた。
「なんだかゼオには諭されてばっかりだね。」
「そうか?」
「そうだよ。…行きたいか、行きたくないか、かあ。もう少し考えてみる。」
「そうしとけ。日本は逃げないから。」
 そのうちわたしのやる分のシャドウシュートは終わったので、ゼオと一言二言交わしてから移動した。
 わたしは一人で練習しながら、長い間、もう少し考えていた。わたしのやりたいこと、やりたくないこと、思い、願い、望み。どうして昔、わたしはあの三人の誘いを断ってしまったのか。今のわたしと向き合って考える。
 たくさんたくさん難しいことはあるけれど、それでもゆるぎないものがひとつあった。
 わたしは、ベイブレードがやりたい!

 次の日。わたしは正宗やトビーやゼオよりも早くにジムに来た。練習メニューをチェックして、最初のシャドウシュートに取り掛かる。
 それからすぐに、いつも早いトビーが最初にやって来た。しばらくすると他のみんながやって来て、なぜかこの日はブレッドが一人で(いつも三人いっしょなのに)、そのみんなの中にゼオはまぎれて。そしてちょっとだけ間隔を開けてオーエンとブルースが駆け込んで来た。最後のほうに慌てて正宗が。
 わたしは言おうと決めていたことを言おうとしたのだけれど、どのタイミングで言い出そうか迷っていた。できれば三人いっしょのときがいい。でも、各自で練習しているとなかなか、三人がいっしょになる、というときはなかった。
 お昼ごはんのときはちょうどいいと思っていたのに、この日に限ってゼオと正宗がもめて別々に食べていた。午前中のバトルの結果がつくまでは仲良くしないらしい。午後になったら正宗が勝って、そのあとまたすぐに仲良くなっていた。
 結局そのまま一日が過ぎてしまって、わたしが三人に声をかけられたのは帰るときになってだった。ゼオ正宗トビー! まとめて名前を呼ぶと三人が振り返る。わたしはちょっと緊張する。でも言った。
「あの、昨日話した、日本へ行くことなんだけど。すてきな話だね! 日取りが決まったら、また教えてね。」





「わたしだけのナンバーワン」終