わたしのベイはきれいにスタジアムアウトして、わたしの足下でカランカランと音を立てた。このときの音ほど切ないものはなかなかない。わたしは完全に負けたのだと思い知らされる。
「(また負けちゃったね、オセロット。)」
 いったいいつになったら勝てるのだろう。まるで他人事みたいにそう考えて(これはやっちゃいけないことだ)、わたしは少しかがんでベイを拾った。
 拾ったベイをケースにしまって、ランチャーをホルダーに入れて、わたしの正宗との練習試合はおしまい。
「──はあ。今日も負けちゃった。ぜんぜん粘れなかったよ。」
 敗者であるわたしはため息だが、勝者である正宗はもちろん満開の笑顔だった。どんなときでも彼は素直で明るい。そしてもうこのときには、正宗は次の新しい勝負に胸を弾ませているのだった。
「やったー勝ったー! 連戦連勝! さあ、次はどいつだ!?」
「オレオレ! やろうぜ、正宗!」
 待ってましたとばかりに出る名乗りを背に、わたしはスタジアムをあとにした。
 特別強い正宗はジムの人気者だから、明るい正宗が声をあげればそれに乗らない者はいない。現にわたしだって、すぐにでも正宗と再戦したいくらいだ。
 でも続けてバトルするのはルール違反。わたしはおとなしく引き下がって、単独での訓練に戻ろうとした。
 落ち込む肩に、
「ようブラザー。また負けたのか?」
 楽しそうな声をかけてきたのはゼオだった。表情も楽しげな笑みである、でも少し意地悪い。
「聞かなくても分かるでしょ。勝ったならわたしは今ここにいないよ。」
「おまえも懲りないなあ。負けるって分かってるのに。」
「……そう言うゼオもね。次、挑戦するんでしょ?」
「まあな。あっ、言っとくけど、別におれは負ける気はないからな! ジム内最弱のおまえならいざ知らず。」
「う……。今は、だもん。」
 わたしは痛いところを突かれた思いだった。負けたばかりの身には堪える。それでも力を振り絞って言い返したけれど、ゼオはもう次の勝負に夢中だった。笑顔が輝いている。
「今日は調子が良いんだ。勝ってあそこから正宗を引きずりおろしてやるぜ!」
 その正宗は今、また挑戦者のベイをスタジアムアウトさせた。
「そうなんだ! がんばってね!」
 ゼオはわたしを見て、そしてスタジアムに目を向けた。
「……正宗、強いなあ。」
「うん。正宗の強さには、光るものがあるよね。」
「…………。」
 またひとり、もうひとりと正宗の前に散っていく。
「なんだかまだまだ止まらないみたい。どこまで走るのか分からなくなっちゃう。
 わたしも、あんなふうになりたいな。」
「なれるさ。フェリスなら。」
「へ?」
「おう正宗! 次はおれだ!」
 あまりに予想外なゼオの言葉を、わたしはすぐには理解することができなかった。できなかったのに、今一度尋ねたときにはゼオはもう正宗の相手になってしまっている。
 勇ましく戦地に向かう背中を見ながら、わたしは何だかびっくりしたままそこから動けなかった。
 なれるのかな。わたしが。正宗みたいに。
「ゼオか! 連戦記録を更新してやるぜ!」
「いい気になるなよ! すぐに勝ってやるからな!」
 いつものかけ声とともに、正宗とゼオ、相対する2人のベイがシュートされる。
 高速回転するウィールが互いにぶつかり合う金属音がスタジアムを満たす。そしてユニコルノがゼオのベイを弾いたとき、火花がちらりと飛んだ。
「まだまだだな、ゼオ!」
 わたしは目を、耳を、澄ませてバトルを見て、その音を聞く。どんな音がしたとき何が起きるか、どんなことが起きたとき何が聞こえるか、それを見極めようとする。
 するのだけれど、いつもだったらするのだけれど、どうしてかこのとき、わたしは、それよりもただ正宗に夢中になってしまっていた。
 この音がしたときこれが起きる。あれが起きたときこの音がする。それがなんだかさっぱり分からない。
 ただ、ずっとその強さに憧れてきた姿が、ゼオがわたしでもなれると言ってくれたその姿が、正宗だけが、わたしの五感を支配した。
「いけ、ユニコルノ!」
 バトルのときの正宗は表情が輝いている。勝ったときは眩しいくらいの笑顔。負けたときはあまり見ないけれど、むしろこれも眩しいくらいの悔しそうな顔。勝負に挑むときは勇ましく、終えた直後はすぐに次の楽しみを見つける。
「…………。」
「やったー! オレの勝ちー!」
「くそっ…! 覚えてろよ!」
 ゼオが自分のベイを拾う反対側で、正宗は戻ってきたユニコルノを右手で受け止めた。バトルを終えた相棒に誇らしい笑顔を向ける。
 正宗の勢いはまだ止まるところを知らない。ベイを持った右手をぶんぶん振り回して次の相手をもう探している。
「あのっ、」
 もういい加減一巡したところだ。わたしは勇気を出して声をあげた。
「わたし! もう一度やろう、正宗!」
「いいぜ!」

「あっ……」
 カランカランとオセロットが床に転がる。わたしは一瞬、それを拾うことも忘れた。
 ただましょうめんに視線が釘付けになった。勝った正宗が笑顔を見せている。
 わたしの心にあるひとつが閃いた。突然に。何の前触れもなく。
「(わたし、正宗のこと、好きなんだ。)」
 きっとずっと好きだった。ただそれに気づいたのが偶然に今というだけ。

 バトルを終えて、負けたというのに高揚感を抱いてスタジアムを降りるとき、ゼオとすれ違った。
「…………。」