パンツを見られた。
 よりにもよって正宗に、よりにもよって正宗に!
 事故だった。不可抗力だった。
 わたしにとっては嬉しいことに、よくテレビでやっている日本の強いブレーダーのバトルみたいにバトルが白熱したような気がして(たぶん気のせいだろうけど)、だからいろいろあって、それであるときふとスカートがめくれてしまったのだ。
 わたしのいつも履いているスカートは膝丈で裾が長めのものだから、元より身内じゃない男のひとと接する機会なんて今までぜんぜんなかったから、気にしたことがなかった。
 熱いバトルを終えた後、そばで見ていた正宗が高らかにこう言ったのである。そこには邪念なんていっさいなかった。ツチノコでも見つけたときのような誇り高い声だった。
「フェリス、おまえパンツ見えてたぞ!」


「(ひどいよ正宗! なにも言わなくていいじゃない!)」
 みんなバトルに夢中で見えていなかったかもしれなかったし、見えていても気を遣って黙っていてくれていたかもしれなかったのに。
 わたしは正宗に対する恨みがましさ半分すべてに対する恥ずかしさいっぱいで、ほかになすすべもなくて、洗濯物を畳んでいた。
 これがわたしの普段の仕事である。外の仕事で忙しい両親に代わって家のことをするのだ。
 何人かいる弟たちの面倒を見て、料理を作って、洗濯をして、掃除をして、その他いろいろ。
 ここ最近はずっとジムに行っていたから、ちょうどいい、この際家のことをしっかりやろう! とわたしは思ったのだった。
 だけど、じゃあ、その先は? しっかりやったその後は? どうするの?
「…………。」
 わたしはそれについては考えないようにした。思考を止めて目の前の仕事に集中した。

 洗濯物がひと段落したわたしは、外で遊んでいる弟たちを気にかけて外に出た。ずっと薄暗い家の中にいることに耐え切れなかったという理由もある。
 一番下の弟はまだごく幼いから、わたしより幼い弟だけに任せるのは少し心もとなかった。外に出て少し行くと小さな男の子が何人か固まって、地面に絵を描いたりして遊んでいるのが目に入る。特に何もないようで、そこに安心したわたしは弟たちに一言かけてから、付近でぼんやりと立ち尽くした。
「…………。」
 正宗がああいう性格なのだということは、あまり長くはないジムでの生活で何となく分かっている。
 正宗に悪意はない。女の子のパンツが見えたからといって喜ぶような下心もない。何もない。なあんにも、ない。ただいつも見えないものが見えたから、反射的に「見えた!」と叫んでしまっただけ。
 そしてそれをすっかり分かってしまっているけれど、だからこそ、わたしは正宗が恨めしくて恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。下心があろうとなかろうとわたしのパンツが見えたことは事実として変わらない。恥ずかしさのあまりわたしがその場で俯いてしまってトビーが何となく場を流してくれて、そのあとずっと恥ずかしくて誰とも話せなくて、なのに正宗が空気を読まずにわたしにばいばいと言って、逃げるように家に帰ったことは覆しようのない事実なのだ。
「あーあ……。」
 わたしはもちろん、こんなことでジムに通うのをやめるつもりはない。だけどこれから、明日でなければあさって、あさってでなければしあさって、いつどのようにしてジムにまた顔を出せばいいのか分からなかった。
 ベイブレードを始めてわたしはすっかり強くなった気でいた。でも違ったみたいだ。けっきょくわたしはわたしのままだ。暗くておとなしくてひっこみじあんで消極的で、自分から何にもできない。
 考えないようにしたはずだったのに、気付けば思考はすっかりそのこと一色だった。だめな自分がいやになる。落ち込む。
「このへんだよな……。」
 ぼんやりするわたしの耳に、このあたりでは聞き慣れない声が届いた。わたしは不自然に思って声のしたほうを向く。狭い通り、単なる建物と建物の隙間から、よく見慣れた三人組がやって来るのが見えた。
「フェリス!?」
「みんな!?」
「子供!?」
 わたしははっとしてわたしの周囲を見回した。弟たちがいた。
 慌てて三人に向き直って言い訳する。
「ちっ、ちがっ……あの、これはべつに…」
 わたしが意味のある言い訳をし終える前に、ゼオが正宗の頭をはたいた。
「ばか、そんなわけないだろ!」
 わたしはそれに少しだけほっとして、いくぶんか落ち着いて話す。
「うちの弟なの…。わたしがめんどう見てるの。」
 正宗も、トビーも、ゼオも、それで納得してくれたみたいである。わたしは弟たちに一言告げて、三人と共に場所を移動した。
「……3人とも、どうしたの? こんなところで。」
 何となく分かっていたけれどわたしは尋ねた。でないと何も始まらなかった。
 真っ先に口を開いたのは正宗だった。
「フェリスに会いに来たんだよ! どうしてジムに来ないのか、聞きに…」
 けれどもすべてを言い終える前にトビーとゼオの手が正宗の頭を押さえ付けた。そのままぐっと力を入れて、ついにはおじぎする形になった。
「ごめんフェリス!」
「ごめん!」
 二人がばっと顔を上げて言う。
「こいつがデリカシーないこと言ったせいで気にしてるんじゃないかと思って、謝りに来たんだ。」
「僕たち、きみが来なくなって寂しいよ。またジムで一緒にベイやりたいな。」
 力の込められたままの二人の手の下の正宗の頭が苦しそうに動く。何すんだよ二人とも! とか言っている。
「正宗!」
「正宗!」
 トビーとゼオが正宗を両側から攻撃した。しばらくして、正宗が根負けしたのか力を抜くのが分かる。すると二人の手からも力が抜けて、顔を上げた正宗がわたしを見た。
「……よくわかんねーけど、ごめん。オレも、おまえが来ないのはつまんねーよ。ジムに来いよな!」
「みんな……」
 わたしは胸がいっぱいだった。じんわりと温かいものがこみ上げてくる。たくさん言いたいことがあるはずなのに、どれひとつとして言葉にならない。
 何とかしてわたしはこれだけ言った。
「………ありがとう。わたし、またジムに行くよ!」
 変われていないなんてうそだった。わたしにはこんなにもすてきな仲間ができたじゃないか。