ガンガンギャラクシーが優勝したからお祝いに来た。お小遣いを削って花を買い、本日祝賀会が開かれるというビルまで歩いて来た。
 けれどもそこから先へ進めない。どこからどうやってどこに入ればいいの?
 そもそもわたしみたいな一般人が入ってもいいものなの?
 何も分からずに来てしまった。後先考えない行動がまるで正宗みたいだ。
 そんな自分を反省しながら途方に暮れていたころ、知った顔が何人かやって来た。
「あ、みんな…」
「おっフェリスじゃん! 久しぶり!」
 真っ先に反応して片手をスマートに上げたのがチャウシン。チャウシンは中国チームの一員で、中国チームはビックバンブレーダーズの決勝戦を見るために今アメリカに滞在していた。
 だからチャウシンの周りには、同じく中国チームのメンバーであるチーユン選手やメイメイ選手、そしてリーダーのダーシァン選手がいる。それからそこにはもう一人、ガンガンギャラクシーのメンバーの友人であるケンタもいた。
「どうしたの?」
「あの、ガンガンギャラクシーが優勝したから、お祝いに…………」
 わたしは両手に抱えた花束と、わたしの前に立っている人たちとを見比べた。この花束とお祝いの言葉は、明らかに、わたしなんかよりもこの人たちにふさわしい。
「これ! よかったら正宗たちに渡して。」
 わたしは迷うことなく、でも後ろ髪は引かれる思いで、花束をチャウシンに渡そうとした。けれども伸ばされたチャウシンの手は花束を受け取るのではなくわたしの背中をばしっと叩くことに使われた。
「なんだそんなの。フェリスもいっしょに行こうぜ。自分で渡そう。」
 きざな笑顔がさらっとそう言った。実際ハンサムなのだから全部が全部かっこいい。
 わたしはとまどってしまった。
「えっ? えっ? でも、わたしみたいな一般人が…」
「だいじょうぶだいじょうぶ。僕もだからさ!」
 ケンタにもそう言われ、わたしはチャウシンに背中を押されるままにビルの中へと入ってしまったのだった。

 それから人の少ないパーティに参加してお祝いのソーダをかけ合ってソーダファイトをした。
 わたしは参加するつもりはなかったのに、気づいたら正宗にソーダをかけられてびしょ濡れになっていた。悔しかったのでわたしもソーダを飛ばそうとしたら、自分で開けようとしたふたがおでこに当たって痛かった。
 目まぐるしく楽しく過ぎていく時間の中で、わたしは久しぶりに、純粋に、楽しいということを感じていた。
 ステージの上にあぐらをかいて、手元のソーダをおいしそうに飲んでいる正宗に近づく。近くにぺたんと座り込んで目線を合わせる。お互いソーダまみれになっているのを見て笑い合う。
 正宗の顔を覗き込んで、このときわたしはこころからの気持ちを述べた。
「正宗。おめでとう!」
「ありがとう。へへっ、ナンバーワンだぜ!」
 誇らしげに正宗は人差し指を立てた。わたしの楽しい気持ちは止まらない。
「ほんとうになるなんて。凄い。嬉しい。夢みたい。さすが、正宗だね!」
「おう!」
 だけど正宗の笑顔には濁りがあった。じっと見ていればすぐに分かる。
 その濁りに気づいたわたしのこころもちょっとだけ曇って、わずかばかり冷えた声でわたしは正宗に尋ねた。
「でも、無理してる。ゼオやトビーのこと、気になる?」
「…ああ………。オレの知らないところで、あんなことが起きてたなんて。」
 正宗はきれいだった表情を歪めた。悔しそうに、苦しそうに。
「オレは自分が情けねえ…!」
「…………しょうがないよ。」
 わたしにはこれだけ言うだけしかできなかった。しょうがない。そんな言葉で片づけられるものではないと分かっている。でも、そうでもなければ、他にどんな言葉も見つからなかった。
 正宗に事の全容を知る術はなかったに等しい。だがそれでも事実の発覚は遅すぎた。
 わたしは正宗の心境を思って目を伏せた。伏せた目に、正宗がぎゅっと拳を握るのが映る。わたしは正宗を見た。
 さっきまでの苦しい表情はかき消えて、勇ましい笑顔がそこにあった。
「でもな! 知った今は何とかするぞ! ジグラットのところから、ゼオとトビーを奪い返す。そしたらまた三人で競争だ!」
「正宗……」
「トビーの病気が良くなったら、ゼオだってあそこにいる必要はないんだろ? あと少しで治るってゼオも言ってたし。他にも弱味握られてんなら、そんなのオレが何とかしてやる!」
 結局肝心のことは何も分からないで知らないで言う正宗を見るのはつらい。でもそれこそが正宗の強さで、だから正宗は世界大会で優勝した。そしてゼオから嫌われた。
 そしてわたしはやっぱりそんな正宗に勇気づけられるのである。
「うん……うん……。そうだね。」
 正宗は言う。
「ダンジョンジムでさ、みんなでまたベイやりたいな。フェリスだって強くなったんだから、見返してやりたいだろ。」
「うん……。でも、わたしはまだまだゼオやトビーには勝てないよ。」
「ばーーっか! そんなこと言ってたらずっと勝てないぞ
! いつかは勝つ!」
「も、もちろん! そのつもりだよ! いつかは勝つの!」
 やってくるのかこないのか、まったく分からない未来を思いえがく。正宗たち三人が三人でいて、笑い合って、わたしはその笑顔をちょっとだけおすそ分けしてもらうのだった。それがわたしには心地よかった。
 そして今一度意識を目の前に戻すと、ああやっぱりわたしは正宗が好きなのだ、と、ここにきてまたも思い知らされてしまった。
 恋心にさよならしたなんてうそだ。それはそれは大切な、わたしの一番最初の恋心。そう簡単に別れられるものじゃない。
 ひとたび知れば後は簡単にむくむくと膨れ上がる。ぼっくいが焼けるのは止まらない。
「正宗……」
「ん?」
 好きだ、好きだ、大好きだ。わたしはあなたが大好きだ。
 わたしにすべてのきっかけをくれたひと。今のわたしを作ってくれたひと。何もしらないひと。何もしらないで笑うひと。
 わたしは表情で笑って言った。
「また今度、缶の競争に誘ってね。今度はわたしも行くから。」
「おう! オレたちとフェリスで勝負だ!」
 オレたち、正宗とゼオとトビーの三人と。でもその三人が揃って笑う日はもうずっと先のことに思えた。
 正宗は笑う。そんな日がくるものだと信じて疑っていない。
 でもね正宗。違う、違うんだよ。問題はそれだけじゃない。
 あなたが旅立ってしまったその日から、ゼオはおかしかったの。もしかしたらそのずっと前からも、おかしかったのかもしれないの。
 問題はあなたの思っているほど簡単じゃない。あなたがあなたのまま戦うだけじゃ、きっと、ゼオもトビーも戻らない。
 わたしは愛しいひとに何も言うことができずに、ただ笑った。ひとときの幸せに身を任せて。再会した恋心にすべてを焼かれて。