| 「どういうことなの!」 部屋の扉を開けたら中の人の視線がぜんぶ集中した。でももう既に、そんなことでたじろぐわたしじゃない。 わたしはわたしを止めに来た人たちがみんな倒れているのを見ながら、今じぶんが入って来た扉を閉めた。 「こら、きみは…」 「フェリス!」 正宗が驚いたようにこちらを見るけどわたしはもう見向きもしない。ただ部屋の中にいる大人の男の人を見て、もう一度言う。 「どういうことなの。みんなに行かせるって…」 お祝いのパーティが始まってすぐに、HDアカデミーからのヘリコプターがやって来た。 ジグラットを先頭に、スターブレイカーだけでなくグレイシーズやエクスカリバーのリーダーのシーザー選手も降りてきて、そして告げられた事実。 HDアカデミーの世界大会における本当の目的。ジグラットの目的とすること。そしてトビーのこと。 明らかに危ないそれらのことは、わたしは大人たちが解決してくれると思っていた。それなのに今日、ジムへ行ったら正宗が来ていなかった。 そして正宗を探して行き着いたのが、昨日のパーティの会場であるビルである。パーティが散々なことになったあと、わたしはその場に関わった人間として、ビルの中にあるWBBAの施設に連れて行かれた。 今日もわたしはそこに来た。招かれざる客であるわたしはWBBAの大人に説明を求められたけれど、そんなことしている暇のなかったわたしは彼らを倒してここまで来た。 中で行われていた会話を聞いて、わたしは愕然とした。ジグラットとHDアカデミーを止めるのに、正宗たちが子供だけで行くだって? 「フェリス、オレたちみんなで決めたんだよ! オレは自分でトビーを助けに行く!」 正宗は戦地へ向かう軍人のような勇ましさでわたしに言った。わたしはすぐに言い返した。 「バカなこと言わないでよ!」 誰も予想だにしなかったわたしの乱暴な物言いに、正宗はさっきよりもずっとずっと驚いたようだった。 「正宗だって見たでしょ、あの、スパイラルフォースを。すごい力でいろんなものを消しちゃった。あんなものに子供だけで敵うわけない! 危ないよ、正宗。だめだよ。行ったら死んじゃうよ。」 「あの中にはトビーがいるんだぞ! オレが助けに行かないと!」 「トビートビートビーって、そんなにトビーが大事!?」 このときとっさに出たのは、思いはしても言おうなどとはぜったいにしなかった、わたしのこころからの本音だった。 正宗が、驚いたような軽蔑したような顔をする。そんな顔をさせたのはわたしだ。 「当たり前だろ! 友達なんだから!」 「わたしは、友達よりも、自分を大事にしてほしいよ! 行かないでよ…正宗…。」 わたしは正宗とこんな埒のあかない会話をするために来たのではない。わたしは今一度大人の男の人に向き直って言った。 「あなたも何とか言ってよ! 大人でしょ? こんなの大人の世界での問題じゃない、子供を巻き込まないで!」 「確かにそうだ。私も最初は行くなと言ったんだが…考えた結果、これが最良の選択だと…」 冷静そうな顔して理屈ばっかり並べる大人にわたしはかちんときた。 「なによそれ。あなたたちお金あるんでしょ。お金あるのになにもしないの、できないの。ぜんぜん役に立たないじゃない!」 「フェリス、言い過ぎだぞ!」 そう言ってわたしを咎めたのは、わたしが今立ち向かっている大人の息子、銀河だった。いいや銀河だけでない、この場にいる誰もがみなわたしの発言をこころで目で咎めている。 それでもわたしは負けなかった。わたしは言った。もしかしたらもう取り乱していたのかもしれない。 「だってだってだって! 正宗が行っちゃう! ゼオもトビーもいなくなって、正宗までいなくなっちゃったら、わたしは一人になっちゃう! 行かないでよ、正宗…」 「フェリス……」 こうなったら泣き落としだなんてつもりは毛頭なかったけれど、これが泣かないではいられなかった。両目からぽろぽろと涙が溢れて止まらない。 そんなわたしを見て、正宗も少しは同情してくれたみたいだった。 「別に、死にに行くわけじゃねーぞ。トビーを助けて、ゼオをつれてくるんだ!」 「うそよ! だってもうあなたはゼオを嫌ってしまったもの!」 「…何だって…!?」 正宗が信じられないような顔をする。 「そうでしょ? トビーをあんなふうにしたゼオを。正宗はもう嫌いになっちゃったでしょ?」 「そんなわけねえだろ!」 わたしは正宗の怒声に驚いて身を竦ませた。 「オレがゼオを嫌うわけないだろ! それ以上言うと、オレだって怒るぞ!」 「ご、ごめ……ごめんなさい…」 わたしはつまり触れてはいけないところに触れてしまった。正宗が怒っている。 わたしが正宗を本気で怒らせたのはこのときが初めてだった。だからこのときからわたしの全神経は、むなしいことに、正宗に嫌われないように謝ることに一斉に向いた。 「ごめんなさい……ごめんなさい…」 わたしは泣きじゃくりながら何度も何度も何度だって謝る。 そんなわたしを見て、正宗はため息をついて、静かに言った。 「だから、な。オレは戻ってくるから。」 「うそよ、うそ、うそ!」 だって結局、日本に行ったときだって戻っては来なかったもの。たとえからだが戻って来ても、正宗のこころはどこかへ行ってしまったきりだ。帰って来ない。 だから今正宗を行かせてしまったら、きっと、こころもからだも戻ってはこない。 「うそよ……うそだもん…。正宗戻ってこないもん…。」 「戻ってくるって。心配すんな! な?」 ここでわたしはあるひとつの事実に気がついてしまった。それは、わたしがけして正宗の心配なんてしていないということだ。 正宗が言っている、戻ってくると。正宗にできないことがあるはずない。正宗はきれいで、強い。だから何でもできてしまう。たとえ一度や二度や三度や四度失敗したって、できるようにしてしまう。 だから正宗がこう言う限り、きっと正宗はほんとうに戻ってくるのだ。わたしよりも大切な友人、トビーを助けて。 だからわたしがここで喚いているのは正宗の心配をしてのことじゃない。わたしはわたしの好きな正宗がどこか遠くへ行ってしまう、そのことがただいやなだけなのだ。 わたしがわがままを言っているだけなのだ。 最低だわたしは。わたしはひとつ頷いた。 「……うん…」 わたしの気も落ち着いた(と、まわりには見えたらしい)ので、そろそろ時間もおしているからと、ひとまずみなで進み出すことになった。わたしにはもう、それを止めることができない。 部屋を出る正宗に腕を引かれて、建物を出るまでちょっとだけ話そうぜと言われる。 「あ、あの、正宗。ゼオのこと…ほんとうにごめんね……。わたしにあなたの気持ちが分かるわけないのに、勝手なこと言って…」 わたしは三人のことを何でも分かった気になっていた。だから出た言葉であった。 「別に、いいよ。…あながち、まちがいでもなかったし…」 前を向いた正宗がぽつりと言った。 「え?」 正宗はわたしを見る。少しだけ笑っている、悲しそうに。 「…一瞬だけ、な。ゼオのこと疑って、嫌いになりそうだった。おまえがトビーをあんなんにしたのか! って。」 「…………。」 正宗は少しだけ笑った。 「でも、よく考えてみりゃそんなはずないもんな。だってゼオは、トビーを守るためにあそこに行ったんだ。きっとジグラットに騙されてたんだよ。」 「…………。」 正宗は笑った、勇ましく。 「それに、たとえもしもゼオが騙されてなかったんだとしても。オレたち友達だろ? 友達がおかしなことやってんだとしたら、止めてやらなきゃ!」 「…………そう、だね。」 わたしはそれだけ言った。わたしは自分のかつて、この三人の中に入れないかと一瞬でも思ったわたしを思い出して、また軽蔑した。 「ねえ、正宗…。わたしも、あなたたちの友達でいていい?」 もちろん、三人の中に強引に入り込むような友達ではなくて、三人の外側に付属するような友達でいい。それが一番良い。 でも、できれば、そこにわたしだけの居場所がほしい。わたしにしかなしえないようなポジションがほしい。 正宗は言ってくれた。それは予想どおりの言葉だった。 「当たり前だろ! フェリスはオレらの友達だ。」 「……ありがとう。」 でもほんとうは。 でもほんとうはあなたの大切な女の子になりたいよ、正宗。 ねえ、もしもジグラットに捕まったのが、トビーでなくてわたしだったら、あなたはわたしを助けに来てくれる? その質問はするのが怖くて、こころの一番奥から引き出すことがいつまで経ってもできなかった。そうするうちにこの限られた時間は終わってしまうだろう。 わたしは思った。結局わたしは、どんなに泣いても喚いても、たとえこの恋を告白したとしても、正宗を止めることはできないのだろう。 正宗はいつだって誰よりも自由だ。わたしには正宗を止めることができない。 建物の入り口までやって来て、みなの空気が緊迫したものになる。 わたしはもう、行かないで、ともいってらっしゃい、とも言えずに、正宗を黙って見送るしかできなかった。 この恋にこんな形で終わりがくるとは思ってもいなかった。わたしは心の中でだけで泣いた。 |
「いちばんさいしょの」終