「やった! 勝った! ゼオに勝った!」
 それまでの、実力が拮抗する中何かの拍子に拾った勝ちではない。わたしとオセロットがゼオとゼオのベイを超えたことは明らかだった。
 だから周囲はみんな沸く。わたしもしばらくは純粋に喜んで、しかし、ふと、スタジアムを挟んでわたしの向こうにいるゼオの姿が目に入ったとき、わたしの目は覚めた。
「ゼオ!」
「やっとわたしが勝った!」
「良い勝負だったよ!」
「ありがとう!」
 わたしは、浮かんだどんな言葉も敗者にはかけられないことを知る。わたしはある一瞬だけは呆然と立ち尽くした。
 そしてそのときその一瞬、急にわたしは周囲の歓声の外の世界に追い出された。声が、まるでフィルタがかかったかのように曇って静かになって、騒ぐ誰もがわたしの存在を忘れて、だからわたしのこころは迷子になって、
「フェリス、よくやったな!」
 そしてその次の一瞬で、明るい声は曇りをきれいに晴らしてくれた。わたしは正宗を振り返って大きく頷く。すべてを忘れて大好きな声に応える。
「正宗、わたし勝ったよ!」
「まあ、まだまだオレには敵わないけどな!」
「それは、またいつか必ず!」
 するとそのうち他の誰かが、今度はゼオに向かってわたしにとっての正宗の役割を演じようとする。
「(あっ…)」
 視界の端でその様子をとらえたわたしは現実にかえって慌てた。待って、まだゼオは、──
「はは、そのとおりだ。完全に負けちまった。」
 しかしそのときわたしが見たゼオは、いつものゼオだった。緩やかに笑っている。
「フェリス!」
 ゼオに声をかけられたので、からだはまだ正宗を向いたままだったが、顔はゼオに向けてわたしは応えた。
「次は必ず勝つからな!」
「わ、わたしだって、油断はしないから!」


 けれども「次」も、「次の次」も、「次の次の次」も、ゼオの思いえがいたようにはならなかった。それどころか、数を重ねるごとに、彼の理想とはかけ離れてゆく。
 わたしはその事実に喜び、また、心の一部で戦慄した。違う、違うの。
 ゼオはわたしにとって目標だったの。一番最初に勝ちたい相手だったの。あなたに勝つためにわたしはがんばったの。
 がんばってがんばってがんばって、そしてやっと対等になって、時の運ではなく初めて手に入れた勝利は、最高の宝物になるはずだった。
 それなのに。
 次は必ず! と言って勝負をするたび、ゼオとの距離が大きくなっていく気がするのは、なぜだろう。