トビーが、トビーが、トビーが!
 おれはただ混乱して立ち尽くした。まず最初にダミアンがケルベクスをシュートして、最初の一撃で爆発を引き起こす。その間際に鋼銀河が応戦するのが見え、煙が引いた頃にはジャック諸とも三人が屋上から消えていた。
 グレイシーズの子供と女が王虎衆のメンバーを相手取る。やはり彼らも場外へ飛び出して、次に場に残ったのはおれと、エクスカリバーとグレイシーズと王虎衆のリーダーと、正宗と、
「ゼオ……」
 フェリスがおれを見ていた。大きな青い目をいっぱいに見開いて、そこには涙さえ浮かべているようで、おれの名前を呼ぶために動いた唇はふるえていた。
 おれはフェリスを見た。おれの顔を二度と見たくもないと言ってきたフェリスを。小さくて大人しくて心優しくて思慮深くてがんばり屋で、目に涙いっぱい浮かべてこころとからだすべてでおれを拒絶したフェリスを。おれがおれにできる限りの最も鋭利で冷たくてずるくて悪どい手段で傷つけたフェリスを。
 おれは、今なら彼女に何か言える気がした。あのときは言えなかった。何も終わっていない(いや、始まってすらいなかったのかもしれない)ときだったから、おれには彼女をどうすることもできなかった。
 だけど、今なら。おれが正宗を憎んで苦しめたいと願ってそのためにフェリスを利用してやっぱり思っていたとおりに傷つけておれのこころはちっとも晴れずに曇ったままそれでも止まらずに止まれずにずっと目指してきた最後の最後の一番星を自分自身の手でぶち壊してしまった、今なら。
 きっと彼女はおれを受け入れるだろう。ゼオ。ゼオは悪くないよ。だってずっとがんばってきたんだよ。つらかったね。もう休んだっていいんだよ、と。だって彼女の青い目にはいっぱいの悲しみが、哀れみが湛えられている。おれが疎むと同時に願って欲して止まなかった、おれだけに向けられるどこまでも底の深い哀れみ。おれは今一度、そんなことが許される身分ではないと承知していながら、それでもそれが許される現実を知っていて、欲しくて欲しくてたまらない慈愛に手を伸ばそうとした。
「フェリス! なにやってんだ! 行くぞ!」
 けれども、その名前をすべて口にする前に。
 フェリスの手は手に引かれた。フェリスは二度振り返ることはせずに、大好きな一番の彼に手を引かれて走って行ってしまった。